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17節 その確執は、貴方のものでございます。

前から随分間が空いてしまい申しわけありません……

 いつもと同じように、雀が窓を叩いた。日が沈んだ後のことだ。ソファに体を投げ出していた染野は雀を一瞥してからクッションに顔を埋める。


 「気が乗りません。」


 「……そうだな、無理をする必要はない。」


 маршал(マルシャール)の大きな手が染野の頭を撫でる。気安さと、優しさに染野が目を細めた、それを見て、маршалもまた、満足気に目を細めてから、室内が半分反射した窓の向こうの雀を見遣り、首を横に振る。

 魔法少女は二人いる。それでなくとも、彼女らの無理は推奨されていない。

 けれど雀は、飛び立つ気配がない。

 маршалは窓を開けて改めて、無理、という意図を込めて首を横に振る。しかし、雀はмаршалをただ見つめている。

 ふと、異様に気付く。

 雀には、小さな首輪と、大振りなアメジストの飾りがついていた。


 『すまぬな、吾子の吾子。此度ばかりは其方らに来てもらわねばならぬ。』


 幼い、少女の声だった。

 およそ雀の声帯からは出るはずのない、複雑な音の組み合わせが、言葉が滑らかに流れる。

 音源は明らかに、その紫の石だった。


 『адмирал(アドミラール)が其方が来ることを望んでおる。』


 目眩がした。瞬間的に、頭の中身を小さく絞られ、揺らされるような、立っていられないような強い目眩に襲われた。

 それ程までに、その名前が持つ意味は強烈なものだった。


 『其方が、染野と共に来ることを望んでおる。』


 「待て、何故адмиралが染野を知っている!」


 『それは本人に聞くが良かろ、その猶予があれば、ではあるが。』


 「……?」


 雀が笑う。

 маршалはそんな様を幻視した。

 そも、雀は笑うものでは無いが。


 『адмиралは、己の断罪の場に其方がある事を望んでいる。』


 「どういう……」


 『問答の時間は余りないぞ、吾子の吾子。ウリエルは、罪に対して短気ゆえな。』


 「……」


 маршалは、染野に振り返る。

 拗ねたようにクッションに顔を埋める染野が、今の話をどの程度聞いていたかはわからない。その表情は伺えない。


 「すまん。」


 クッションを取り上げて染野を抱き上げる。小さな体は、抵抗もなくмаршал(マルシャール)の腕の中に納まった。抱き上げたままバルコニーに出ると、雀は飛び立つ。маршалはそれを追う。

 2羽の猛禽が、曇天の思い、ほの明るい夜空を滑る。

 染野は口を開かない。その顔を、今見る事は出来なかった。адмиралについて、問い詰めてしまいそうな心地で。詰問で染野を追い詰めてしまうことが目に見えていた。

 そして、それ以上に余裕がなかった。

 ウリエルがадмирал(アドミラール)を裁く前に、маршалは彼と話さねばならない。


 雀を追って行き着いたのは、街からしばらく離れたところにある広大な湿地。確か染野曰く、もう少しすればニッコウキスゲが、当たり年ならば1面に咲き乱れるという。今の時期は、夜なことも相まってその美しさは感じられない。

 遠目に、白い髪が見えた。

 美しい顔が見えた。

 その存在に補足されるよりも先に、近くの森に隠れる。


 否、染野を隠す。


 染野はмаршалに何か言われるよりも早く、その胸元からロザリオを差し出した。

 маршалがそれに、口付ける。


 「ほんっまに、気に食わんわ。」


 転換措置を要請するより先に、ぷつ、と細い鎖は呆気なく千切れる。屈んだмаршалの前にあった染野の影が、消える。

 それほどの距離に接近されてもなお、気づかなかった。

 警戒していたはずなのに、音も、気配もしなかった。

 長身、黒髪、骨ばった体格の青年が、染野の肩を掴んで、маршалから引き離す様に抱きしめていた。猫耳のついたフードを目深にかぶったさまが滑稽で、その向こうの金色の瞳が、憎悪を込めてмаршалを射抜いた。

 ……憎悪?

 いやむしろ、侮蔑、嫌悪、大切なものについた虫を、病的に払おうとするような、そんな眼差しをмаршалに向けている。


 「адмирал(アドミラール)はこんなのがええんか、俺にはわからひんわ。」


 月光の届かない曇天の中、木の葉に遮られた深い影の中にあって、爛々と輝く金色が、ふわ、と和らいで染野へと落ちる。


 「昨日ぶり、桜染ちゃん。」


 何より尊い宝石に触れる恭しさで、直ぐに駆け出す幼児を捉える強さで、男の長い腕が染野の腰に絡みつく。

 染野はその瞬間に全身を強ばらせる。痛ましいほどの警戒が、3歩離れた距離で見ているだけのмаршалにも伝わった。


 「じーま」


 舌っ足らずな発音で、染野が呟くと男の表情が、蕩ける、としか形容できない甘さを含んで崩れる。


 「はなして……」


 「離せ。」


 маршал(マルシャール)は殺意で以て、男を睨んだ。

 ミカエルを鋳型としたその姿の、最大限の敵意で以てすら、叡智の蛇は一瞥を寄越すだけであった。

 蛇はその両腕の中に染野を閉じ込めて、幼児じみた仕草で頬擦りをする。凍りついて、震えるばかりの染野の体温に目を細める。


 「染野を離せ。」


 「自我の無い量産型が、神の色恋に口出すなや。」


 маршалの低い威嚇も、蛇の呆れたような言葉に流される。


 「大体、なんでこないなとこに降りとんねん。ここから、адмиралをぶち抜く気だったん?」


 「……な、」


 「それとも、桜染ちゃんをадмиралから隠そうとしたん?」


 蛇は嗤う。маршалのありとあらゆる感情を否定して。その瞳に、下等な存在にむけるかのような嫌悪だけを映して。


 「桜染ちゃん、怖いかもしれひんけど、大人しゅうしたってな?大丈夫、桜染ちゃんはただ、見とればええから。俺の近くにおれば安全や、約束する。」


 蛇は、染野の肩と膝に手を回して抱えあげる。優しさと愛情だけを含んだ、噛んで含めるような物言いを、染野の耳元で囁く。

 染野が、蛇と目を合わせる、蛇が酷く優しく、な?と首を傾げたのに釣られるように、染野は頷いた。

 怯えからではない、それだけしか、маршалには分からなかった。


 「染野を離せ。」


 「断る。お前と桜染ちゃん一緒にしとったら、адмирал(アドミラール)が嫌がる。」


 2度目の威嚇、それに対して蛇は、ただ、静かに答えた。

 量産型、とмаршалを呼んだ癖をして、同じ経緯で作られたадмиралを尊重するような物言いが気持ち悪い。

 その指が染野の腿に食い込むのが腹立たしい。


 「早よ行かな、ウリエルが来て、しっちゃかめっちゃかになってまう前に。」


 蛇はそう言って、染野を抱えたまま、夜の獣道を歩き出した。

 ばさ、と身の丈よりも大きな翼をはためかせて、猛禽が空へ飛び立つ。 

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