15節 同じ影の瞳をしておいでです。
麻祇紗舞は眉を顰める。己自身をひたと見つめ、硬直した男がいたからだ。日曜日の午後8時、無性にティラミスが食べたくなって、近場のコンビニで購入し、コンビニから出たところである。
髪の色は濃い色だが、夜の闇で正確な色味は分からない。背は高い。肌の色も濃いめだ。
見ず知らずのその男は、紗舞を見て、まるで幽霊でも見たような顔で凍りついている。思わず周囲を見渡したが、特に何も見当たらない、やはり、紗舞を見ている。
「あの、何か、私におかしなところが?」
思わず声をかけてから、しまった、と思う。声をかけるべきではなかったかもしれない。ただ、見られていることへの不快感でなく、何故そのような顔をしたのかへの、わからないことへの恐怖から、紗舞は口を開いた。
「え、あ、あぁ、申し訳ない。知り合いに似ていて、その、子供が生きていたら君くらいの年の頃だから、えぇと……」
男は紗舞から声をかけられて、やっと現実にかえったらしい、ばつの悪そうな苦笑いを浮かべてそんなことを言った。男は見たところ少なくとも純粋な日本人では無さそうだし、紗舞自身もどちらかといえば、西洋的な顔立ちの部類に入るため、きっと彼の言う「知り合い」というのは異国の知り合いなのだろう。
「そう、……存外本人かもしれないよ。」
何故、思わず口をついて出た言葉に、誰より紗舞自身が驚いた。ただ何となく、人の警戒心を削ぐような雰囲気の男だったこともかかわっているのだろう。
まさか、という言葉を期待した訳ではない、事実本当に、その可能性は存在する。
生きていたら、と間に入ったから余計にだ。
「そういう冗談はご両親に失礼だよ。」
「そうだね、事実なのだけれど。」
「……え?」
なんというか、この青年は随分と素直に表情に出るタイプらしい。面白いな。きょとん、と目を真ん丸にしている。その表情が割と、子供っぽく感じる。
「君の名前は?」
「麻祇紗舞。」
「いい名前を貰ったね。」
違和感、と言うより既視感、つい先日、やはり突然出会った人と、同じような会話をした。
そういう、時期なのだろうか。
それとも、紗舞がそれに近づいているのか。
「どうかな、ご友人の子供の名前かな。」
「いや、あいつは多分、名前をつけるまえに手放してるから。」
「そう」
捕まえて問いつめたい衝動にかられた。紗舞の親を知っているのかと。何故、その子の名前もわからないのに紗舞に名を聞いたのだと。
紗舞の、本当の両親を知っているのかと。ただ、それをするには男の素性がわからないし、それで空振ったら恥ずかしいでは済まない。
そもそも、こんな事情は初対面の人間に打ち明けるべきではない。
「お兄さんの名前は?」
「あぁ、…главниだ。」
青年は紗舞の問いに、少し視線をさ迷わせ、悩むと言うよりは、慎重に選ぶように言った。
「支配するもの、随分、その、なんというか」
「恥ずかしい名前だと思うだろ?本名なんだよ。」
「悪くないとは思うよ。大仰だと思っただけで……」
から、と気持ちの良い笑顔で青年は笑う。つられて笑ってしまいそうな、邪気のない、人懐っこい笑顔だ。その笑顔に似合わない、少し威圧感の強い名前。有り体に言ってしまえば、キラキラネームの範疇に入ってしまうんじゃないかと、日本で育った感性で思う。
「それより紗舞、こちらが勝手に反応してしまっておいて申し訳ないけれど、あまり夜風に当たっていると体を冷やすし、いい時間だから家の人が心配するよ。」
「そうだね……じゃあね、главни、また縁があったら会おう。」
「うん、Довиђенја紗舞」
軽く手を振られて、家路に着く、あの、妙に優しい顔の印象が強く残った。あの眼差しは、少し、先日であった銀色の天使に似ている。けれど、あの天使よりもどこか、ゾッとするような透明さのある目をしている。
なんとなく、また会う気がする。なんとなく、妙な縁がある気がする。
彼は自分の血の繋がった親に関わる存在だという、不思議な確信があった。




