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14節 白鷺の羽を、拾われましたか

 長い長い、紫の色味を強く見せるふわふわで艶のある黒い御髪(おぐし)。腰ほどまでの長さのあるその髪を、小さな手が懸命に三つ編みにしている。

 その、微笑ましい可憐な存在の前に、адмирал(アドミラール)は跪いた。


 「お母様」


 「腹は括ったかえ?」


 次の言葉を用意しては、喉の奥につかえて震えるадмиралを優しい目で見遣り、母は三つ編みを作る手を中断した。

 ふわ、ともさら、とも擬音のつけようのない滑らかさで、編み込まれていた髪は解ける。


 「……っ、はい、場の用意を、お願いしたく存じます。」


 母を、直視することも叶わずадмиралは視線を下げて、小さな足より下、彼女の座るソファの脚を凝視した。

 母は答えない、ただ、小さな足がぶらぶら揺れた。


 「адмирал(アドミラール)。可愛い可愛い、特別な、吾子の吾子。」


 「はい」


 「それは、誰の為かえ?」


 彼女らしからぬ、低い声だった。

 彼女らしからぬ、冷たい声だった。

 当然、と言えば当然であろう。彼女もまた、адмиралと同様に天の主から隠れる身である。天にある父に、気づかれまいと生きているのである。


 адмиралはそれが無意味な努力であることを知ってはいるが。そして、母がそれを知らぬはずなどないが。


 「私の、断罪のためでございます、お母様。」


 「左様か……」


 きゅ、と母がソファの上で体育座りをする。不自然に途切れた声は、адмиралに続きを促した。


 「ウリエル様が降りておいでになったのであれば、私は、罰を受けねばなりません。」


 「恋をした罰か?」


 「……いいえ、私が故にあの方が、自ら牢に入られた、それを考えもしなかった愚かな私への罰です。」


 言葉を続けることが恐ろしく、つらい。ぎり、と心臓が締めあげられる苦痛を感じる。


 「ウリエル様を失望させた、罰を受けねばなりません。」


 地面に着いた指先が痛い、身体中の骨がき死んで痛い。肺に熱を吸ったように痛い、心臓を細い糸で絞りあげられるように痛い。

 己で引きちぎった翼の跡が、じくじく疼いて熱を持って痛い。


 「……ウリエル自身もそうであるが……」


 母は深いため息をついた、その音が、空気のかすれが、吐き気を催す程に耳障りだった。

 鈴を転がすような、慕わしいはずの母の声すら耳障りだ。


 「あれを鋳型としたものも、ほんに潔癖よの。辛くはないのかえ?斯様に己ばかりを悪しきと苛んで。」


 「自責は、罰にはなりません。」


 「妾は、『つらくないか』と聞いたのだぞ。」


 母のその一言に、一瞬、泣きそうになった。回答方法を誤った。この、優しくて傲慢な母の質問に。

 この母の愛すら失う、そんなことは無いと知りながら、


 「……申し訳ありません。」


 「責めてはおらぬ、адмирал。可愛い吾子。そなたの700年越しの悲願じゃ、答えじゃ。手伝うことに何故否やを言おうか。」


 母の声は優しい、底抜けに。理不尽に。

 彼女は罰を与えない。罰を受けることを引き止めない。


 「しかし、ウリエルが関わるともなれば、главни(グラヴニー)に話さねばならぬな。さすがに、妾とて彼奴を怒らせとうない。」


 「勿論でございます。」


 可能であれば、главниにも伝えないで欲しい。可能ならば、本当に、内々で済ませたいのだ。

 彼と、ウリエルと、自分だけがいればいい。


 「お母様、もうひとつワガママを」


 「言うてみよ。」


 「говорник(ゴヴォルニク)とその魔法少女は招かないでください。」


 「よかろう。」


 ああ、そうだ、魔法少女。

 彼女も、いて構わない。

 адмирал(アドミラール)の昏い感情を読み取ってか、母がソファから飛び降り、адмиралを抱き締める。


 「吾子は、愚かだの。愚かにも、天使から心を奪えなんだ。愚かにも、この争いにおいて金の魂(神代の名残)を代理に立ててしまった。」


 「……黄金の匂いを残す魂がなければ、天使を認識することはできません。」


 「逆であるぞ。адмирал、そなたらの父は、あの吾子はそなたらにそのようなことも知らせなんだか。」


 「……?」


 たった一度しか会わなかった、金の魂(魔法少女の資格)を持つ少女を思い出す。理想化された乙女の面差しに、理知と善意の底に、澱を讃えた瞳は、直ぐにадмиралを見つけた。


 「神代(金の時代)の名残があるゆえ、我らに認識されてしまうのが、魔法少女じゃ。我らに認識されてしまうから、吾子の吾子たる天使を認識してしまう。」

 


 


 


 

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