11節 ほんの少しだけ、舞台袖を覗きましょう。
ロシア語って難しいですね、文法間違えてたら教えてください。
「ふふ、ふ、ふふ」
「楽しそうですね、お母様。」
「うむ、何せзимаの初恋であるぞ、妾が喜ばぬわけがなかろう。」
白いハイソックスに包まれた未発達な足が、赤いソファからたれてぶらぶら揺れる、紫の瞳を瞼の向こうに隠した母は、酷く楽しそうに、きっと鳥の目でも借りてзимаの逢引を眺めているのだろう。
ふん、と紫がかった白い毛並みの犬が、不愉快そうに鼻を鳴らした。
「керберは染野ちゃんのお友達ですからねぇ。」
адмиралは手を伸ばして、足元の犬を撫でる。その手すら、犬は拒否して首を振った。
「聖域ですものね、あなたにとってもお友達は」
адмиралはからかうように、犬の首元を撫でる。不機嫌そうに睨みつける薄紫の犬の目。
「адмирал、керберをいじめるでない。」
「申し訳ありません」
母は目を開けないまま、これ、とадмиралを軽く打擲した。адмиралは犬から手を離すと、大人しく小さな母の背もたれに戻る。犬は、母の足元でまた体を伏せて休む。
「керберの恋は恐ろしいものゆえな、友愛を向ける存在に向けられるのは、恐ろしかろうて」
「そういうもの、なのですか?」
「そなたには、少し、遠い話であろうな。我らの恋とは、そういうものなのだ。」
足元で、白い犬がゆったりと尾を振る。
ここではないどこかを見ている母は、ていっと掛け声をかけてкерберの頭を軽く蹴った。
「керберの恋は、妾とて恐ろしい。比べればзимаの恋は平和だの。」
「神々の恋の有り様は存じ上げませんが……お母様が言うなら、そうなのですね。」
「そなたらにとっての恋は、その翼を損なうことであろ?」
母の小さな手が、翼を引きちぎった痕跡を、慰撫するように背中に伸びる。そんな痛みなど、意に介しはしなかった。
「恋をしたから、翼を落としたわけではこざいませんがね。」
「ではその存在を、と言い換えようか。ウリエルを鋳型としたものは難儀だの、潔癖がすぎる。」
母は、全てを見通している。かつて一度だって、адмиралは己の恋を、そのような言葉で飾れすらしない愛憎をこの母に語ったことなどなかったはずだ。それを、見通している。
もしこれがただ彼恋しさであったなら、адмиралはとうの昔に偉大なる父のもとへと還っていることを、どういう訳か知っている。
「己の分を超えて、持て余すものが、そなたらの愛であろう。」
「左様でございますね」
「であれば、相手の分を超えて奪い尽くすが、我らの恋である。」
「おぞましいですね。」
「だが、愛おしいものであるぞ。」
母はゆっくりと、その稚い手を空に伸ばした。まるで誰かがその手をとるのを、望んでいるかのように。
「お母様も、恋をしておいでですか。」
「……さァ、どうであったろうなぁ」
母の瞳は、瞼の向こう側である。
いくらか温い風が、長い長い黒髪を攫う。少女の整った輪郭を覆い尽くす。
極夜の気配を僅かに感じる白い空を、彼女はわずか、目を細めて見つめていた。
目を痛めるかもしれない、とか、そんな真っ当なことを考えている様子ではない。
袖を風がはためかせる。
かつての女帝の築いた、そしてその娘によって豪奢に作り替えられた宮殿の前で、少女は空を見つめていた。
ゆっくりと、踊るように右手を動かす少女に、誰も、関心を向けない。
袖が風にはためいている。
「Я-чайка.……Не то.」
少女は呟く、空を見つめて、手を伸ばして。
「Я - чайка.」
「Не то.」
黒い髪の少女が、なんども、なんども「かもめ」のセリフをなぞる。その異様さに、誰も目を向けない。
「Я……Я……」
「Елизавета!」
けれど彼女はニーナではない、ただそのセリフをなぞって、自問自答をしているだけた。真赤な瞳で、空を見つめているだけ。
あるいはそれをこそ、ニーナなのだろうか。
名前を呼ばれた少女は振り返る。
「Еноx!」
己を呼んだ人物を認めた少女は、振り返り、最上級の笑顔を浮かべた。駆け寄って、急停止をし損ね、不安定に倒れかける少女を、呼びかけた人物が受け止める。
「Давай пойдёмназад.Мы готовы поехать в Японию?」
「да.」
体勢を立て直した少女は、先程の尋常ならざる様子とは打って変わって軽やかに、彼の前を歩き出す。
「Я - чайка.Не то.」
彼女の左の袖がはためく、二の腕の中程から風に攫われる。
「Я его жреца.」
ルビ振ってない文字は無理に読まなくても問題ないです。




