↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
72/75

第七十二話 番号順

 太陽が、水平線に触れた。


 草地が、赤く染まった。


 十六人が、立っていた。


 誰も、球を投げていない。三百回目のあと、誰も投げなかった。


「──処理を開始する」


 黒スーツが言った。


「識別番号の若い順に行う」


 彼は、端末を開いた。


          ◇


「──待ってください」


 亮は言った。


「なんだ」


「一つ、確認します」


 彼は言った。


「識別番号というのは、俺たちが着けているゼッケンの番号ですか」


「そうだ」


「他の地域の人も、番号を持ってますか」


          ◇


「全員が持っている」


 黒スーツは言った。


「地域ごとに、記号と番号が割り当てられている」


「じゃあ」


 亮は言った。


「いちばん若い番号は、誰ですか」


 黒スーツは、端末をスクロールした。


「……日本地域、XV1」


          ◇


 亮は、自分の胸を見た。


 XV1。


 六日前、虹ヶ丘アリーナの地下で配られたゼッケンだった。


「俺ですね」


「そうだ」


「じゃあ、俺が最初ですか」


「そうなる」


 黒スーツは言った。


「異論があるか」


          ◇


「ありません」


 亮は言った。


「──金松さん!」


 篠塚が、前に出た。


「駄目です」


「篠塚さん」


「あんたが最初なら、順番を変えさせるべきでしょう」


 彼は言った。


「規則は、あいつらが作ってるんです。……変えられます」


          ◇


「変えません」


 亮は言った。


「なんでですか」


「変えたら、他の誰かが最初になります」


 彼は言った。


「篠塚さん、あなたの番号は」


「……XW3です」


「二番目ですね」


          ◇


 篠塚が、言葉に詰まった。


「俺が順番を変えたら、あなたが最初になります」


 亮は言った。


「そういうことです」


 彼は言った。


「この規則は、よくできてます。……誰かを助けようとすると、必ず別の誰かが前に出る」


          ◇


「──ふざけないでください」


 篠塚が言った。


 その声が、初めて荒れた。


「あんた、そうやって最後まで一人で決めるんですか」


「篠塚さん」


「甲本さんと、同じですよ」


 彼は言った。


「あの人も、一人で決めて、一人で走って、一人で死にました」


          ◇


「俺は、それを見てるだけでした」


 篠塚は言った。


「今度も、見てるだけですか」


 亮は、その言葉に、何も返せなかった。


 太陽が、半分沈んでいた。


 黒スーツが、端末に何かを入力している。


「──処理を開始する」


          ◇


 そのときだった。


「──待て」


 声がした。


 日本語ではない。


 だが、頭の中に届いた。


 草地の入口に、男が立っていた。


 背が高く、左頬に傷がある。


 グロウだった。


          ◇


(──遅かったな)


 亮は言った。


(島の反対側にいた)


 グロウは言った。


(走ってきた)


 彼は、荒い息をしていた。四十代の体で、島を横断してきたらしい。


(何をしに来た)


(数を聞きに来た)


 彼は言った。


(お前が数えてるはずだ)


          ◇


 亮は、その言葉に、少し笑った。


(三百回だ)


(三百)


(拾われた数だ)


 亮は言った。


(落ちた数は)


(一回)


 亮は言った。


(四日目に、一人死んだ。……それだけだ)


          ◇


 グロウは、しばらく黙っていた。


(三百対一か)


(そうだ)


(お前の勝ちだ)


 彼は言った。


(賭けは、お前の勝ちだ)


 亮は、その言葉に頷いた。


(じゃあ、俺を殺さないな)


(殺さん)


          ◇


(だが)


 グロウは言った。


(あと十分で、お前は死ぬ)


(そうだな)


(番号順だと聞いた)


(XV1だ)


 亮は言った。


(いちばん若い)


(そうか)


          ◇


 グロウは、黒スーツの方を見た。


(──俺の番号は)


 彼は言った。


(西欧地域、XE22だ)


 黒スーツが、端末を確認した。


「識別番号XE22。……そのとおりだ」


(二十二番か)


 グロウは言った。


(後ろの方だな)


          ◇


(グロウ)


 亮は言った。


(何をする気だ)


(番号を交換する)


 彼は、あっさり言った。


 亮の背筋が、凍った。


(──駄目だ)


(なんでだ)


(あんたが最初になる)


          ◇


(そうだ)


 グロウは言った。


(それが目的だ)


(グロウ)


(二十年前に、俺は一人を選んだ)


 彼は言った。


(十七人いて、一つしか席がなかった。……俺が選んだ)


 彼は言った。


(今度は、選ばれる側になる)


          ◇


(違う)


 亮は言った。


(何が違う)


(あんたが死んでも、誰も助からない)


 亮は言った。


(俺が二番目になるだけだ)


 彼は言った。


(順番が一つずれるだけで、全員死ぬ)


          ◇


 グロウの動きが、止まった。


(……そうだったな)


 彼は言った。


(二十三人処理されて、一人だけ残る)


 亮は言った。


(残るのは、いちばん番号が大きい人間だ)


 彼は、黒スーツを見た。


(いちばん大きい番号は、誰ですか)


          ◇


 黒スーツが、端末をスクロールした。


「……オセアニア地域、XO14」


 亮は、その番号を聞いて、思い当たった。


(ヤン)


 クライマーの男だ。


 六年、脅されてきた男。昨日、崖を降りていった男。


 彼は、この島にいる。だが、ここには来ていない。


          ◇


(──あいつが、残るのか)


 亮は言った。


(そうなる)


 黒スーツが言った。


(あの人の中にいるやつが、恩赦をもらうんですね)


(そうだ)


 亮は、その事実を頭の中で組み立てた。


 六年間、宿主の指を人質にして脅し続けた個体が、恩赦を得て帰る。


          ◇


「──規則の話をします」


 亮は、黒スーツに向かって言った。


「聞こう」


「番号順に処理して、最後の一名を残すんですね」


「そうだ」


「じゃあ」


 亮は言った。


「番号が同じ人間が二人いたら、どうなりますか」


          ◇


 黒スーツの手が、止まった。


「……ありえない」


「ありえます」


 亮は言った。


「ゼッケンは、布です。……交換できます」


 彼は言った。


「六日前に、俺の親友がそれをやりました」


          ◇


「同じ番号が二つあったら、あなたたちは、どちらを処理しますか」


 亮は言った。


「記録上、その番号は一人です」


 彼は言った。


「一人処理したら、記録は完了します。……もう一人は、記録に存在しません」


 黒スーツは、答えなかった。


          ◇


「──金松さん」


 篠塚が言った。


「それ、六日前に俺がやられたことです」


「はい」


「俺は、番号なしになって、保留されました」


「そうです」


 亮は言った。


「保留されるんです。……処理されるんじゃなく」


          ◇


「あなたたちは、決めていないことを実行できない」


 亮は、黒スーツに言った。


「三回戦のとき、篠塚さんの扱いを保留しました。……殺す規則も、生かす規則も持っていたのに、決めなかった」


 彼は言った。


「決めていないものは、止まるんです」


 黒スーツは、端末を握りしめていた。


          ◇


「──全員」


 亮は、草地に向かって叫んだ。


「ゼッケンを脱いでください」


 六人が、それぞれの回線で伝えた。


 十六人が、動きを止めた。


「──なんだって?」


 ハビエルの声が飛んだ。


「脱いで、隣の人と交換してください」


 亮は言った。


          ◇


「全員が、二人ずつ同じ番号になるように」


 彼は言った。


「そうすれば、あなたたちは処理の順番を決められません」


 彼は、黒スーツを見た。


「記録上、同じ番号が二つある状態を、あなたたちは想定していない」


          ◇


「──待て」


 黒スーツが言った。


「その行為は」


「禁止されてますか」


 亮は聞いた。


 黒スーツは、答えなかった。


「六日前、俺たちは言われました」


 亮は言った。


「試合中、これを脱ぐことは認めない、と」


 彼は言った。


「いまは、試合中ですか」


          ◇


「──競技は終了している」


 黒スーツは言った。


「じゃあ、脱げますね」


 亮は言った。


 彼は、自分のゼッケンを頭から引き抜いた。


 XV1。


 六日間、汗と埃で汚れた布だった。


 それを、篠塚に差し出した。


          ◇


「篠塚さん」


「……はい」


「交換しましょう」


 篠塚は、しばらくその布を見ていた。


 それから、自分のXW3を脱いだ。


 二人が、それを交換した。


 亮の胸に、XW3。


 篠塚の胸に、XV1。


          ◇


「──これで、XV1が二人です」


 亮は言った。


「XW3も、二人です」


 彼は言った。


「番号順に処理するなら、どちらを先にしますか」


 黒スーツは、端末を見ていた。


 その指が、動かなかった。


          ◇


 草地で、動きが起きた。


 ハビエルが、自分のゼッケンを脱いだ。


 隣の男と交換する。


 テオドールが、ムーサと交換した。


 ゲオルグが、ロイドと交換した。


 外山と重信が、交換した。


 十六人が、次々にゼッケンを脱いで、交換していった。


          ◇


 イリヤが、自分のゼッケンを持ったまま、亮を見た。


「──俺は、相手がいない」


 彼は言った。


 十六人のうち、一人余っていた。


 亮は、周囲を見回した。


 そして、草地の入口に立つ男を見た。


「グロウ」


          ◇


(──俺か)


(あんたの番号は、XE22だ)


 亮は言った。


(そこの人と交換してくれ)


 グロウは、しばらく黙っていた。


 それから、自分のゼッケンを脱いだ。


 イリヤに向かって歩いていって、それを差し出した。


 二人は、言葉を交わさなかった。


 ただ、布を交換した。


          ◇


 太陽が、沈んだ。


 草地に、十七人が立っていた。


 全員が、二人ずつ同じ番号を着けている。


 黒スーツは、端末を見たまま動かなかった。


 やがて、彼は言った。


「──処理を、保留する」


          ◇


「本国に照会する」


 彼は言った。


「照会には、時間がかかる」


「どのくらいですか」


 亮は聞いた。


「分からん」


 黒スーツは言った。


「前例がない」


 彼は、端末を閉じた。


「……こういう記録は、初めてだ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。