第七十二話 番号順
太陽が、水平線に触れた。
草地が、赤く染まった。
十六人が、立っていた。
誰も、球を投げていない。三百回目のあと、誰も投げなかった。
「──処理を開始する」
黒スーツが言った。
「識別番号の若い順に行う」
彼は、端末を開いた。
◇
「──待ってください」
亮は言った。
「なんだ」
「一つ、確認します」
彼は言った。
「識別番号というのは、俺たちが着けているゼッケンの番号ですか」
「そうだ」
「他の地域の人も、番号を持ってますか」
◇
「全員が持っている」
黒スーツは言った。
「地域ごとに、記号と番号が割り当てられている」
「じゃあ」
亮は言った。
「いちばん若い番号は、誰ですか」
黒スーツは、端末をスクロールした。
「……日本地域、XV1」
◇
亮は、自分の胸を見た。
XV1。
六日前、虹ヶ丘アリーナの地下で配られたゼッケンだった。
「俺ですね」
「そうだ」
「じゃあ、俺が最初ですか」
「そうなる」
黒スーツは言った。
「異論があるか」
◇
「ありません」
亮は言った。
「──金松さん!」
篠塚が、前に出た。
「駄目です」
「篠塚さん」
「あんたが最初なら、順番を変えさせるべきでしょう」
彼は言った。
「規則は、あいつらが作ってるんです。……変えられます」
◇
「変えません」
亮は言った。
「なんでですか」
「変えたら、他の誰かが最初になります」
彼は言った。
「篠塚さん、あなたの番号は」
「……XW3です」
「二番目ですね」
◇
篠塚が、言葉に詰まった。
「俺が順番を変えたら、あなたが最初になります」
亮は言った。
「そういうことです」
彼は言った。
「この規則は、よくできてます。……誰かを助けようとすると、必ず別の誰かが前に出る」
◇
「──ふざけないでください」
篠塚が言った。
その声が、初めて荒れた。
「あんた、そうやって最後まで一人で決めるんですか」
「篠塚さん」
「甲本さんと、同じですよ」
彼は言った。
「あの人も、一人で決めて、一人で走って、一人で死にました」
◇
「俺は、それを見てるだけでした」
篠塚は言った。
「今度も、見てるだけですか」
亮は、その言葉に、何も返せなかった。
太陽が、半分沈んでいた。
黒スーツが、端末に何かを入力している。
「──処理を開始する」
◇
そのときだった。
「──待て」
声がした。
日本語ではない。
だが、頭の中に届いた。
草地の入口に、男が立っていた。
背が高く、左頬に傷がある。
グロウだった。
◇
(──遅かったな)
亮は言った。
(島の反対側にいた)
グロウは言った。
(走ってきた)
彼は、荒い息をしていた。四十代の体で、島を横断してきたらしい。
(何をしに来た)
(数を聞きに来た)
彼は言った。
(お前が数えてるはずだ)
◇
亮は、その言葉に、少し笑った。
(三百回だ)
(三百)
(拾われた数だ)
亮は言った。
(落ちた数は)
(一回)
亮は言った。
(四日目に、一人死んだ。……それだけだ)
◇
グロウは、しばらく黙っていた。
(三百対一か)
(そうだ)
(お前の勝ちだ)
彼は言った。
(賭けは、お前の勝ちだ)
亮は、その言葉に頷いた。
(じゃあ、俺を殺さないな)
(殺さん)
◇
(だが)
グロウは言った。
(あと十分で、お前は死ぬ)
(そうだな)
(番号順だと聞いた)
(XV1だ)
亮は言った。
(いちばん若い)
(そうか)
◇
グロウは、黒スーツの方を見た。
(──俺の番号は)
彼は言った。
(西欧地域、XE22だ)
黒スーツが、端末を確認した。
「識別番号XE22。……そのとおりだ」
(二十二番か)
グロウは言った。
(後ろの方だな)
◇
(グロウ)
亮は言った。
(何をする気だ)
(番号を交換する)
彼は、あっさり言った。
亮の背筋が、凍った。
(──駄目だ)
(なんでだ)
(あんたが最初になる)
◇
(そうだ)
グロウは言った。
(それが目的だ)
(グロウ)
(二十年前に、俺は一人を選んだ)
彼は言った。
(十七人いて、一つしか席がなかった。……俺が選んだ)
彼は言った。
(今度は、選ばれる側になる)
◇
(違う)
亮は言った。
(何が違う)
(あんたが死んでも、誰も助からない)
亮は言った。
(俺が二番目になるだけだ)
彼は言った。
(順番が一つずれるだけで、全員死ぬ)
◇
グロウの動きが、止まった。
(……そうだったな)
彼は言った。
(二十三人処理されて、一人だけ残る)
亮は言った。
(残るのは、いちばん番号が大きい人間だ)
彼は、黒スーツを見た。
(いちばん大きい番号は、誰ですか)
◇
黒スーツが、端末をスクロールした。
「……オセアニア地域、XO14」
亮は、その番号を聞いて、思い当たった。
(ヤン)
クライマーの男だ。
六年、脅されてきた男。昨日、崖を降りていった男。
彼は、この島にいる。だが、ここには来ていない。
◇
(──あいつが、残るのか)
亮は言った。
(そうなる)
黒スーツが言った。
(あの人の中にいるやつが、恩赦をもらうんですね)
(そうだ)
亮は、その事実を頭の中で組み立てた。
六年間、宿主の指を人質にして脅し続けた個体が、恩赦を得て帰る。
◇
「──規則の話をします」
亮は、黒スーツに向かって言った。
「聞こう」
「番号順に処理して、最後の一名を残すんですね」
「そうだ」
「じゃあ」
亮は言った。
「番号が同じ人間が二人いたら、どうなりますか」
◇
黒スーツの手が、止まった。
「……ありえない」
「ありえます」
亮は言った。
「ゼッケンは、布です。……交換できます」
彼は言った。
「六日前に、俺の親友がそれをやりました」
◇
「同じ番号が二つあったら、あなたたちは、どちらを処理しますか」
亮は言った。
「記録上、その番号は一人です」
彼は言った。
「一人処理したら、記録は完了します。……もう一人は、記録に存在しません」
黒スーツは、答えなかった。
◇
「──金松さん」
篠塚が言った。
「それ、六日前に俺がやられたことです」
「はい」
「俺は、番号なしになって、保留されました」
「そうです」
亮は言った。
「保留されるんです。……処理されるんじゃなく」
◇
「あなたたちは、決めていないことを実行できない」
亮は、黒スーツに言った。
「三回戦のとき、篠塚さんの扱いを保留しました。……殺す規則も、生かす規則も持っていたのに、決めなかった」
彼は言った。
「決めていないものは、止まるんです」
黒スーツは、端末を握りしめていた。
◇
「──全員」
亮は、草地に向かって叫んだ。
「ゼッケンを脱いでください」
六人が、それぞれの回線で伝えた。
十六人が、動きを止めた。
「──なんだって?」
ハビエルの声が飛んだ。
「脱いで、隣の人と交換してください」
亮は言った。
◇
「全員が、二人ずつ同じ番号になるように」
彼は言った。
「そうすれば、あなたたちは処理の順番を決められません」
彼は、黒スーツを見た。
「記録上、同じ番号が二つある状態を、あなたたちは想定していない」
◇
「──待て」
黒スーツが言った。
「その行為は」
「禁止されてますか」
亮は聞いた。
黒スーツは、答えなかった。
「六日前、俺たちは言われました」
亮は言った。
「試合中、これを脱ぐことは認めない、と」
彼は言った。
「いまは、試合中ですか」
◇
「──競技は終了している」
黒スーツは言った。
「じゃあ、脱げますね」
亮は言った。
彼は、自分のゼッケンを頭から引き抜いた。
XV1。
六日間、汗と埃で汚れた布だった。
それを、篠塚に差し出した。
◇
「篠塚さん」
「……はい」
「交換しましょう」
篠塚は、しばらくその布を見ていた。
それから、自分のXW3を脱いだ。
二人が、それを交換した。
亮の胸に、XW3。
篠塚の胸に、XV1。
◇
「──これで、XV1が二人です」
亮は言った。
「XW3も、二人です」
彼は言った。
「番号順に処理するなら、どちらを先にしますか」
黒スーツは、端末を見ていた。
その指が、動かなかった。
◇
草地で、動きが起きた。
ハビエルが、自分のゼッケンを脱いだ。
隣の男と交換する。
テオドールが、ムーサと交換した。
ゲオルグが、ロイドと交換した。
外山と重信が、交換した。
十六人が、次々にゼッケンを脱いで、交換していった。
◇
イリヤが、自分のゼッケンを持ったまま、亮を見た。
「──俺は、相手がいない」
彼は言った。
十六人のうち、一人余っていた。
亮は、周囲を見回した。
そして、草地の入口に立つ男を見た。
「グロウ」
◇
(──俺か)
(あんたの番号は、XE22だ)
亮は言った。
(そこの人と交換してくれ)
グロウは、しばらく黙っていた。
それから、自分のゼッケンを脱いだ。
イリヤに向かって歩いていって、それを差し出した。
二人は、言葉を交わさなかった。
ただ、布を交換した。
◇
太陽が、沈んだ。
草地に、十七人が立っていた。
全員が、二人ずつ同じ番号を着けている。
黒スーツは、端末を見たまま動かなかった。
やがて、彼は言った。
「──処理を、保留する」
◇
「本国に照会する」
彼は言った。
「照会には、時間がかかる」
「どのくらいですか」
亮は聞いた。
「分からん」
黒スーツは言った。
「前例がない」
彼は、端末を閉じた。
「……こういう記録は、初めてだ」




