↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
69/70

第六十九話 六日目の夜

 斜面の二人は、日が沈む前に引き上げていった。


 テオドールと揉み合っていた男は、途中で手を離して、そのまま斜面を下りていった。ムーサと重信が押さえていた男も、抵抗をやめた。


 理由は、亮には分からなかった。


 ただ、ロイドが去り際に一言だけ残していった。


(──ぼくが、伝えました)


 彼は言った。


(何をだ)


(今日はやめようって)


          ◇


(聞くのか、あいつらが)


(聞きませんよ)


 ロイドは、あっさり言った。


(でも、一人が抜けたら、四人は三人になります)


 彼は言った。


(三人だと、届かないんです。……計算が変わるので)


 彼は、少し笑った。


(ぼく、そういうのは分かるんです。見てただけの人間なので)


          ◇


 夜が来た。


 六日目の夜だった。


 七人は、崖の上の草地で火を焚いた。


 誰も、貝を採りに行かなかった。動く体力が残っていない。


 篠塚は、左肩を押さえて座り込んでいた。


「篠塚さん」


「大丈夫です」


「大丈夫じゃないでしょう」


「大丈夫じゃないです」


 彼は、あっさり認めた。


          ◇


「たぶん、また外れました」


 篠塚は言った。


「今度は、深いです。……動かすと、変な音がします」


「すみません」


「謝らないでください」


 彼は言った。


「俺が掴むって言ったんです」


 彼は、火を見ていた。


「久しぶりに、仕事をした感じがします」


          ◇


 カマウが、火の向こうから言った。


(──金松)


(はい)


(明日で、七日目だ)


(そうですね)


(黒服が言っていた。生存者が複数いる場合は、処理すると)


 彼は言った。


(今日、この島に何人残っていると思う)


          ◇


 亮は、指を折った。


 初日、二十八人。


 二日目の夜に、大貫と、上流の二人。


 四日目に、球を回している最中に一人。


 それ以外は、亮の知る限り、死んでいない。


(──二十四人か)


(多いな)


 カマウは言った。


(六日で、四人しか減っていない)


          ◇


(他の地域では、どうだったんですか)


 亮は聞いた。


(予選のことか)


(はい)


(俺の予選は、九十人が四人になった)


 カマウは、あっさり言った。


(四人)


(三日で終わった)


 彼は言った。


(誰も、拾わなかったからだ)


          ◇


 亮は、その言葉に、火を見つめた。


(拾う、という発想がなかった)


 カマウは言った。


(当たった者は、そのまま死ぬものだと思っていた。……ボールが落ちる前に走るという発想が、誰にもなかった)


 彼は言った。


(俺は、この島に来て初めて、それを見た)


(誰にですか)


(お前たちにだ)


          ◇


(二日目の夜だ)


 カマウは言った。


(暗闇で、悲鳴が上がって、そのあとに人が走る音がした)


 彼は言った。


(俺は、それを遠くで聞いていた)


 彼は、亮を見た。


(あのとき、思った。……あそこには、まだ助ける奴がいる、と)


          ◇


 亮は、その言葉に、目を閉じた。


 二日目の夜。


 大貫が死んだ夜だ。


 あの夜、亮は自分たちが失敗したと思っていた。


 誰かは、あれを見て、生き延びる方法を見つけていた。


(──カマウさん)


(なんだ)


(明日、どうしますか)


          ◇


 カマウは、しばらく答えなかった。


(俺は、走る)


 やがて、彼は言った。


(走る?)


(この島を、一周する)


 彼は言った。


(明日の朝からだ。……島の外周を、走って回る)


(なんでですか)


(伝えるためだ)


          ◇


(何を)


(黒服が来る前に、集まれ、と)


 カマウは言った。


 亮は、その言葉に顔を上げた。


(集めてどうするんですか)


(分からん)


 カマウは、あっさり言った。


(だが、二十四人が別々の場所にいたら、順番に処理される)


 彼は言った。


(一箇所に集まれば、少なくとも、向こうは一度に相手をすることになる)


          ◇


(それ、まとめて殺されるだけじゃないですか)


 外山が、亮を通して言った。


(かもしれん)


 カマウは言った。


(だが、俺は走る人間だ)


 彼は言った。


(走って伝えるのが、俺にできることだ)


          ◇


 亮は、火を見つめていた。


 ──二十四人が、一箇所に。


 そのとき、頭の中で何かが繋がった。


(カマウさん)


(なんだ)


(ボールは、何個ありますか)


(七個だ)


 彼は言った。


(あの若いのが、そう言っていた)


          ◇


(七個)


 亮は、その数字を頭の中で転がした。


 七個の球。二十四人。


 当たった球が落ちる前に、誰かが拾えば、判定が移る。


 拾った者が、また投げる。


 ──回る。


(──もし)


 亮は言った。


(二十四人が一箇所に集まって、七個の球を回し続けたら)


          ◇


(誰も死なんな)


 カマウが言った。


(そうです)


(何時間だ)


(分かりません)


 亮は言った。


(でも、黒服は七日目に来ます)


 彼は言った。


(来たときに、二十四人が球を回してたら)


          ◇


(あいつら、どうすると思う)


 カマウが聞いた。


(分かりません)


 亮は言った。


(規則を追加してくるでしょうね)


(そうだろうな)


(でも)


 亮は言った。


(追加するには、見なきゃいけない)


          ◇


 亮は、その先を言葉にした。


(二十四人が、誰も死なずに球を回してるところを、あいつらは見ることになります)


 彼は言った。


(四年前に、キデ星で二万人が見たものと、同じです)


 カマウは、その意味が分からなかったらしい。


(なんの話だ)


(昔話です)


 亮は言った。


(俺の中のやつが、見てきた話です)


          ◇


 その夜、亮はグードと話した。


(グード)


(うん)


(明日、二十四人で球を回す)


(うん)


(できると思うか)


 少年は、少し黙った。


(分かんない)


 彼は言った。


(でも、カツの人がやったのは、一人だったよ)


          ◇


(一人で、六人ぶんを捕った)


 グードは言った。


(今度は、二十四人だ)


(うん)


(一人あたり、どのくらいだ)


(分かんない)


 少年は言った。


(でも、一人よりは、楽だと思う)


          ◇


 亮は、その答えに、少し笑った。


(そうだな)


(亮くん)


(なんだ)


(僕、明日は起きてる)


 グードは言った。


(力、少し戻ったから)


(無理はするな)


(うん)


 少年は言った。


(でも、見てる)


          ◇


 七日目の朝が来た。


 空は、晴れていた。


 カマウが、まだ暗いうちに走り出していた。


 ムーサが、逆回りに走った。


 二人で、島を挟み撃ちにするように回っている。


 残った五人は、崖の上で待った。


          ◇


「──金松さん」


 外山が言った。


「これ、集まるんですかね」


「分かりません」


「集まらなかったら」


「そのときは、集まった人数でやります」


 亮は言った。


「五人でも、球は回せます」


          ◇


 最初に来たのは、ハビエルだった。


 三人を連れている。


(──走ってる男が、来いと言った)


 彼は言った。


(来てくれたのか)


(お前が呼んでるとも言われた)


 彼は言った。


(俺は、二十二歳だ)


(知ってる)


(七日目も、生きてみたい)


          ◇


 次に来たのは、ゲオルグだった。


 球を、まだ抱えている。


(──昨日から、ずっと持たされている)


 彼は言った。


(腕が痺れた)


(投げますか)


(投げん)


 彼は言った。


(投げれば、また回ってくるんだろう)


 彼は、少し笑った。


(ならば、持っていた方が楽だ)


          ◇


 昼までに、十六人が集まった。


 崖の上の草地は、そこそこの広さがあった。二十人が動き回れる程度には。


 言葉は、ほとんど通じない。


 だが、亮とカマウとイリヤ──いや、ヴィナと、ハビエルと、ロイドが、それぞれの回線で通訳をした。


 六人が繋がれば、十六人に伝わった。


          ◇


「──説明します」


 亮は、草地の中央に立った。


「球は、七個あります。ここに、五個あります」


 彼は、地面に置かれた球を示した。


「今日、これを回し続けます」


 彼は言った。


「当てて、拾って、また投げる。……誰も死なせずに、一日やります」


          ◇


「ルールは、三つです」


 亮は言った。


「一つ。狙うのは胸です。足元や頭は駄目です」


「二つ。投げる前に、必ず相手に声をかけてください。……不意打ちだと、拾えません」


「三つ」


 彼は、少し間を置いた。


「拾えなかったら、それは投げた側の責任です」


          ◇


 その言葉に、何人かが顔を上げた。


「──なぜだ」


 誰かが聞いた。


「拾えなかった方が悪いだろう」


「違います」


 亮は言った。


「拾いやすい球を投げなかった方が、悪いです」


 彼は言った。


「これは、当てるゲームじゃない」


          ◇


「──拾わせるゲームです」


 亮は言った。


 草地が、静かになった。


 やがて、ハビエルが笑った。


(──バレーボールみたいだな)


 彼は言った。


(レシーブしやすい球を上げる奴が、いいセッターだ)


(そうです)


 亮は言った。


(ここには、いいセッターが十六人要ります)


          ◇


 昼過ぎ、球が回り始めた。


 最初は、ぎこちなかった。


 狙いが外れる。声をかけ忘れる。拾い損ねて、地面すれすれで誰かが滑り込む。


 三回、危ないところがあった。


 だが、誰も死ななかった。


 一時間が経った。


          ◇


 二時間目には、形になっていた。


 球は、五個が同時に動いていた。


 当たって、拾って、また投げる。


 名前も知らない国の人間が、名前も知らない国の人間の胸へ、丁寧に球を投げている。


 誰かが拾い損ねかけると、周りの三人が走った。


 亮は、その光景を見ていた。


          ◇


(──グード)


(うん)


(見てるか)


(見てる)


 少年は言った。


(どうだ)


 亮は聞いた。


 グードは、少し黙った。


(……あのね、亮くん)


(なんだ)


(これ、僕、知ってる)


          ◇


(何をだ)


(孤児院で、こういうのやってた)


 少年は言った。


(ボールが一個しかなくて、みんなで回すの)


 彼は言った。


(あれ、デスドッジって呼んでなかった)


(なんて呼んでた)


(ただの、ボール)


          ◇


 亮は、その言葉に、喉が詰まった。


 三時間目。


 球は、まだ回っていた。


 誰も死んでいない。


 そのとき、水平線の向こうに、白いものが見えた。


 船だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。