第六十九話 六日目の夜
斜面の二人は、日が沈む前に引き上げていった。
テオドールと揉み合っていた男は、途中で手を離して、そのまま斜面を下りていった。ムーサと重信が押さえていた男も、抵抗をやめた。
理由は、亮には分からなかった。
ただ、ロイドが去り際に一言だけ残していった。
(──ぼくが、伝えました)
彼は言った。
(何をだ)
(今日はやめようって)
◇
(聞くのか、あいつらが)
(聞きませんよ)
ロイドは、あっさり言った。
(でも、一人が抜けたら、四人は三人になります)
彼は言った。
(三人だと、届かないんです。……計算が変わるので)
彼は、少し笑った。
(ぼく、そういうのは分かるんです。見てただけの人間なので)
◇
夜が来た。
六日目の夜だった。
七人は、崖の上の草地で火を焚いた。
誰も、貝を採りに行かなかった。動く体力が残っていない。
篠塚は、左肩を押さえて座り込んでいた。
「篠塚さん」
「大丈夫です」
「大丈夫じゃないでしょう」
「大丈夫じゃないです」
彼は、あっさり認めた。
◇
「たぶん、また外れました」
篠塚は言った。
「今度は、深いです。……動かすと、変な音がします」
「すみません」
「謝らないでください」
彼は言った。
「俺が掴むって言ったんです」
彼は、火を見ていた。
「久しぶりに、仕事をした感じがします」
◇
カマウが、火の向こうから言った。
(──金松)
(はい)
(明日で、七日目だ)
(そうですね)
(黒服が言っていた。生存者が複数いる場合は、処理すると)
彼は言った。
(今日、この島に何人残っていると思う)
◇
亮は、指を折った。
初日、二十八人。
二日目の夜に、大貫と、上流の二人。
四日目に、球を回している最中に一人。
それ以外は、亮の知る限り、死んでいない。
(──二十四人か)
(多いな)
カマウは言った。
(六日で、四人しか減っていない)
◇
(他の地域では、どうだったんですか)
亮は聞いた。
(予選のことか)
(はい)
(俺の予選は、九十人が四人になった)
カマウは、あっさり言った。
(四人)
(三日で終わった)
彼は言った。
(誰も、拾わなかったからだ)
◇
亮は、その言葉に、火を見つめた。
(拾う、という発想がなかった)
カマウは言った。
(当たった者は、そのまま死ぬものだと思っていた。……ボールが落ちる前に走るという発想が、誰にもなかった)
彼は言った。
(俺は、この島に来て初めて、それを見た)
(誰にですか)
(お前たちにだ)
◇
(二日目の夜だ)
カマウは言った。
(暗闇で、悲鳴が上がって、そのあとに人が走る音がした)
彼は言った。
(俺は、それを遠くで聞いていた)
彼は、亮を見た。
(あのとき、思った。……あそこには、まだ助ける奴がいる、と)
◇
亮は、その言葉に、目を閉じた。
二日目の夜。
大貫が死んだ夜だ。
あの夜、亮は自分たちが失敗したと思っていた。
誰かは、あれを見て、生き延びる方法を見つけていた。
(──カマウさん)
(なんだ)
(明日、どうしますか)
◇
カマウは、しばらく答えなかった。
(俺は、走る)
やがて、彼は言った。
(走る?)
(この島を、一周する)
彼は言った。
(明日の朝からだ。……島の外周を、走って回る)
(なんでですか)
(伝えるためだ)
◇
(何を)
(黒服が来る前に、集まれ、と)
カマウは言った。
亮は、その言葉に顔を上げた。
(集めてどうするんですか)
(分からん)
カマウは、あっさり言った。
(だが、二十四人が別々の場所にいたら、順番に処理される)
彼は言った。
(一箇所に集まれば、少なくとも、向こうは一度に相手をすることになる)
◇
(それ、まとめて殺されるだけじゃないですか)
外山が、亮を通して言った。
(かもしれん)
カマウは言った。
(だが、俺は走る人間だ)
彼は言った。
(走って伝えるのが、俺にできることだ)
◇
亮は、火を見つめていた。
──二十四人が、一箇所に。
そのとき、頭の中で何かが繋がった。
(カマウさん)
(なんだ)
(ボールは、何個ありますか)
(七個だ)
彼は言った。
(あの若いのが、そう言っていた)
◇
(七個)
亮は、その数字を頭の中で転がした。
七個の球。二十四人。
当たった球が落ちる前に、誰かが拾えば、判定が移る。
拾った者が、また投げる。
──回る。
(──もし)
亮は言った。
(二十四人が一箇所に集まって、七個の球を回し続けたら)
◇
(誰も死なんな)
カマウが言った。
(そうです)
(何時間だ)
(分かりません)
亮は言った。
(でも、黒服は七日目に来ます)
彼は言った。
(来たときに、二十四人が球を回してたら)
◇
(あいつら、どうすると思う)
カマウが聞いた。
(分かりません)
亮は言った。
(規則を追加してくるでしょうね)
(そうだろうな)
(でも)
亮は言った。
(追加するには、見なきゃいけない)
◇
亮は、その先を言葉にした。
(二十四人が、誰も死なずに球を回してるところを、あいつらは見ることになります)
彼は言った。
(四年前に、キデ星で二万人が見たものと、同じです)
カマウは、その意味が分からなかったらしい。
(なんの話だ)
(昔話です)
亮は言った。
(俺の中のやつが、見てきた話です)
◇
その夜、亮はグードと話した。
(グード)
(うん)
(明日、二十四人で球を回す)
(うん)
(できると思うか)
少年は、少し黙った。
(分かんない)
彼は言った。
(でも、カツの人がやったのは、一人だったよ)
◇
(一人で、六人ぶんを捕った)
グードは言った。
(今度は、二十四人だ)
(うん)
(一人あたり、どのくらいだ)
(分かんない)
少年は言った。
(でも、一人よりは、楽だと思う)
◇
亮は、その答えに、少し笑った。
(そうだな)
(亮くん)
(なんだ)
(僕、明日は起きてる)
グードは言った。
(力、少し戻ったから)
(無理はするな)
(うん)
少年は言った。
(でも、見てる)
◇
七日目の朝が来た。
空は、晴れていた。
カマウが、まだ暗いうちに走り出していた。
ムーサが、逆回りに走った。
二人で、島を挟み撃ちにするように回っている。
残った五人は、崖の上で待った。
◇
「──金松さん」
外山が言った。
「これ、集まるんですかね」
「分かりません」
「集まらなかったら」
「そのときは、集まった人数でやります」
亮は言った。
「五人でも、球は回せます」
◇
最初に来たのは、ハビエルだった。
三人を連れている。
(──走ってる男が、来いと言った)
彼は言った。
(来てくれたのか)
(お前が呼んでるとも言われた)
彼は言った。
(俺は、二十二歳だ)
(知ってる)
(七日目も、生きてみたい)
◇
次に来たのは、ゲオルグだった。
球を、まだ抱えている。
(──昨日から、ずっと持たされている)
彼は言った。
(腕が痺れた)
(投げますか)
(投げん)
彼は言った。
(投げれば、また回ってくるんだろう)
彼は、少し笑った。
(ならば、持っていた方が楽だ)
◇
昼までに、十六人が集まった。
崖の上の草地は、そこそこの広さがあった。二十人が動き回れる程度には。
言葉は、ほとんど通じない。
だが、亮とカマウとイリヤ──いや、ヴィナと、ハビエルと、ロイドが、それぞれの回線で通訳をした。
六人が繋がれば、十六人に伝わった。
◇
「──説明します」
亮は、草地の中央に立った。
「球は、七個あります。ここに、五個あります」
彼は、地面に置かれた球を示した。
「今日、これを回し続けます」
彼は言った。
「当てて、拾って、また投げる。……誰も死なせずに、一日やります」
◇
「ルールは、三つです」
亮は言った。
「一つ。狙うのは胸です。足元や頭は駄目です」
「二つ。投げる前に、必ず相手に声をかけてください。……不意打ちだと、拾えません」
「三つ」
彼は、少し間を置いた。
「拾えなかったら、それは投げた側の責任です」
◇
その言葉に、何人かが顔を上げた。
「──なぜだ」
誰かが聞いた。
「拾えなかった方が悪いだろう」
「違います」
亮は言った。
「拾いやすい球を投げなかった方が、悪いです」
彼は言った。
「これは、当てるゲームじゃない」
◇
「──拾わせるゲームです」
亮は言った。
草地が、静かになった。
やがて、ハビエルが笑った。
(──バレーボールみたいだな)
彼は言った。
(レシーブしやすい球を上げる奴が、いいセッターだ)
(そうです)
亮は言った。
(ここには、いいセッターが十六人要ります)
◇
昼過ぎ、球が回り始めた。
最初は、ぎこちなかった。
狙いが外れる。声をかけ忘れる。拾い損ねて、地面すれすれで誰かが滑り込む。
三回、危ないところがあった。
だが、誰も死ななかった。
一時間が経った。
◇
二時間目には、形になっていた。
球は、五個が同時に動いていた。
当たって、拾って、また投げる。
名前も知らない国の人間が、名前も知らない国の人間の胸へ、丁寧に球を投げている。
誰かが拾い損ねかけると、周りの三人が走った。
亮は、その光景を見ていた。
◇
(──グード)
(うん)
(見てるか)
(見てる)
少年は言った。
(どうだ)
亮は聞いた。
グードは、少し黙った。
(……あのね、亮くん)
(なんだ)
(これ、僕、知ってる)
◇
(何をだ)
(孤児院で、こういうのやってた)
少年は言った。
(ボールが一個しかなくて、みんなで回すの)
彼は言った。
(あれ、デスドッジって呼んでなかった)
(なんて呼んでた)
(ただの、ボール)
◇
亮は、その言葉に、喉が詰まった。
三時間目。
球は、まだ回っていた。
誰も死んでいない。
そのとき、水平線の向こうに、白いものが見えた。
船だった。




