↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
66/70

第六十六話 触られたら終わり

「──触られたら終わりです」


 亮は、六人に説明した。


 崖の上の草地。ヴィナが座り込んだまま、少し離れたところにいる。


「四人来ます。球は持ってません」


「球なしで、何をするんですか」


 外山が聞いた。


「俺に触ります」


 亮は言った。


「触れば、俺の中のやつが喰われます」


          ◇


「喰われたら、金松さんはどうなるんですか」


 重信が聞いた。


「生きてます」


 亮は言った。


「体は残ります。……ただ、意識が戻らなくなるかもしれません」


「かもしれない、って」


「そういう人を、一人見ました」


 亮は言った。


「三回戦の前です。……その人は、目を開けませんでした」


          ◇


 カマウが、ムーサとテオドールに伝えた。


 二人が、顔を見合わせた。


 テオドールが、何か言った。


(──守る、と言っている)


 カマウが伝えた。


(なんでだ)


(お前が、貝の場所を教えたからだそうだ)


 カマウは言った。


(こいつは、単純な男だ)


          ◇


「──どう守りますか」


 篠塚が聞いた。


「金松さんの周りを囲むのが、いちばん単純です」


「それだと、四人が俺たちを狙います」


 亮は言った。


「囲んでる人間を一人ずつ排除すれば、いずれ俺に届きます」


「じゃあ」


「距離を取ります」


          ◇


 亮は、草地の地形を見回した。


 崖の縁がある。その先は、二十メートル下の岩場だ。


 背後が崖なら、後ろから回り込まれない。


「俺が、崖の縁に立ちます」


「──待ってください」


 篠塚が言った。


「それ、追い詰められたら終わりですよ」


「はい」


「なんでそんなことを」


「一人ずつしか来られないからです」


          ◇


 亮は、崖の縁を指した。


 草地から崖の縁までは、細い尾根のようになっている。幅は二メートルほど。


 両側が、斜面だ。


「ここを通るには、一人ずつ来るしかありません」


 亮は言った。


「四人が同時に来られない」


「金松さん」


「四人まとめて相手にするより、一人ずつの方がましです」


          ◇


「その一人を、どうするんですか」


 外山が聞いた。


「投げます」


 亮は言った。


「六球しか投げられませんよね」


「六球あれば足ります」


 彼は言った。


「四人です」


          ◇


 昼過ぎまで、何も起きなかった。


 七人は、崖の上で待った。


 誰も、貝を採りに行かなかった。


 空腹より、いま動く方が危険だった。


「──金松さん」


 篠塚が、隣に座った。


「一つ、聞いていいですか」


「はい」


「あんた、その子を守りたいんですか」


          ◇


「はい」


「なんでですか」


 亮は、その質問に、すぐには答えられなかった。


「……分かりません」


 彼は言った。


「十四年、俺の中にいました。俺が甲子園に行けたのも、プロになれたのも、たぶんあいつのおかげです」


「恩ですか」


「違います」


 亮は言った。


「恩なら、返せば終わりです」


          ◇


「じゃあ、なんですか」


 篠塚が聞いた。


 亮は、しばらく考えた。


「……あいつ、俺に名前を聞いたんです」


 彼は言った。


「六歳のときです。……空き地でボールを投げてたら、後ろから声をかけられて、名前を呼ばれました」


「はい」


「俺、あのとき、友達がいませんでした」


          ◇


「父も母もいなくて、誰とも喋らない子供でした」


 亮は言った。


「その俺の名前を、あいつが最初に呼んだんです」


 彼は言った。


「宇宙人が、名前を呼んだんですよ」


 篠塚は、しばらく黙っていた。


「……なるほど」


 彼は言った。


「じゃあ、守りましょう」


          ◇


 最初の一人が来たのは、午後三時頃だった。


 草地の向こうから、ゆっくりと歩いてくる。


 大柄な白人の男だった。四十代くらいに見える。両手は空だ。


「──来ました」


 重信が言った。


 亮は、崖の縁へ移動した。


 尾根の先端。両側が斜面。背後は二十メートルの崖。


          ◇


(──そこか)


 男の声が、頭の中に流れ込んできた。


(賢いな。一人ずつしか行けん)


(そうだ)


(だが、そこから逃げられんぞ)


(逃げる気はない)


 亮は言った。


(球を持ってないな)


(要らん)


          ◇


(触ればいいだけだ)


 男は言った。


(お前の中の子は、いま弱っている。……抵抗できん)


(知ってる)


(じゃあ、諦めろ)


 男は言った。


(お前は死なん。……体は残る)


 彼は言った。


(悪い話じゃないだろう)


          ◇


 亮は、左手に球を持った。


 カマウが持っていたものを、朝のうちに借りていた。


(──投げるのか)


(投げる)


(当たっても死なんぞ)


 男は言った。


(お前が持っている限り、地面に落ちるまでの時間がある。……その間に、俺は近づける)


(知ってる)


 亮は言った。


(だから、当てない)


          ◇


 男が、足を止めた。


(当てない?)


(そうだ)


 亮は言った。


(当てたら、あんたは拾いに行く。拾えば判定が移る。……あんたは死なない)


 彼は言った。


(そのあと、あんたは俺に近づく)


(そうだな)


(だから、当てない)


          ◇


 亮は、球を構えた。


 狙いは、男ではなかった。


 その足元、一メートル手前の地面。


(──何をする気だ)


 亮は、投げた。


 球は、男の足元の地面に当たって、跳ねた。


 そして、斜面を転がっていく。


          ◇


 男が、その球を目で追った。


 斜面を、赤いゴムボールが転がっていく。


 草を掻き分けて、加速して、下の木立へ。


(──何のつもりだ)


 男が言った。


(球を捨てたのか)


(捨てた)


 亮は言った。


(あんたが、拾いに行くと思ったからだ)


          ◇


(行くわけがないだろう)


 男は言った。


(俺は、お前に触りに来ている)


(そうだな)


 亮は言った。


(でも、あんた、いま目で追った)


 男の動きが、止まった。


          ◇


(球が転がったとき、あんたは目で追った)


 亮は言った。


(一秒くらいだ。……それだけ、俺から目を離した)


(それがどうした)


(尾根は、二メートルしかない)


 亮は言った。


(そこを歩くには、足元を見る必要がある)


          ◇


 男は、自分の足元を見た。


 尾根の入口。両側が斜面になっている。


 草に覆われていて、地面がどうなっているかは見えない。


(──俺が、足を踏み外すと思っているのか)


(思ってない)


 亮は言った。


(あんたは、慎重に来る。……時間をかけて)


 彼は言った。


(俺は、その時間が欲しかった)


          ◇


 その瞬間、亮の後ろで音がした。


 カマウが、走っていた。


 尾根ではない。草地を、大きく迂回して。


 二時間六分で四十二キロを走る男が、脱水と空腹の体で、それでも走っていた。


(──何をする気だ)


 男が振り返った。


 その後ろに、カマウがいた。


          ◇


 カマウの手に、球があった。


 斜面を転がっていった球を、ムーサが下で拾い、投げ上げ、カマウが受け取っていた。


 三人がかりの受け渡しだった。


(──投げるぞ)


 カマウが言った。


 彼は、投げた。


 男の背中に、球が当たった。


          ◇


「──っ!」


 男が、体を捻った。


 球が、地面に落ちる。


 男は、それを見た。


 拾うか、拾わないか。


 拾えば、亮に近づくのが遅れる。


 拾わなければ、死ぬ。


          ◇


 男は、拾った。


 当然だった。


 そして、球を抱えたまま、亮を睨んだ。


(──卑怯だな)


(そうか?)


(お前は、俺に球を持たせた)


 男は言った。


(球を持っていれば、投げなければならん。……三十秒の計測はないが、地面に落ちれば俺が死ぬ)


          ◇


(そうだ)


 亮は言った。


(あんたは、球を持ってる限り、両手が塞がる)


 彼は言った。


(俺に触るには、手が要る)


 男は、自分の両手を見た。


 球を抱えている。


 これを離せば、地面に落ちる。落ちれば、死ぬ。


          ◇


(──投げれば済む話だ)


 男は言った。


(誰に投げる)


 亮は言った。


(ここには、七人いる。……全員、拾う訓練をしてる)


 彼は言った。


(あんたが投げれば、必ず誰かが拾う。そうしたら、また判定が回る)


 彼は言った。


(あんたは、また球を受け取ることになる)


          ◇


 男は、しばらく黙っていた。


(──お前、これをずっとやる気か)


(やる)


 亮は言った。


(何日だ)


(あと二日だ)


 亮は言った。


(二日、あんたに球を持たせ続ける)


          ◇


(そんなことができるか)


(できる)


 亮は言った。


(俺たちは、拾うのが仕事だ)


 彼は、後ろの六人を示した。


(あんたが投げれば、拾う。拾ったら、また投げ返す。……あんたは、ずっと球を持ってることになる)


 彼は言った。


(触りに来る暇がない)


          ◇


 男は、球を抱えたまま、動かなかった。


 やがて、彼は言った。


(──一つ、聞いていいか)


(なんだ)


(お前、それで何がしたい)


 彼は言った。


(俺を殺すわけでもない。逃げるわけでもない。……ただ、球を持たせるだけだ)


          ◇


(時間を稼いでる)


 亮は言った。


(何のために)


(二日だ)


 亮は言った。


(七日目まで、あと二日ある。……その二日、誰も死なせないためだ)


(七日目に、全員処理されるぞ)


(かもしれない)


          ◇


(かもしれない、で二日か)


(そうだ)


 亮は言った。


 男は、しばらく亮を見ていた。


 それから、球を軽く放り上げて、受け止めた。


(──お前の名前は)


(金松亮)


(覚えておく)


          ◇


 男は、球を抱えたまま、尾根の入口から離れた。


 そして、草地を戻っていく。


(──おい)


 亮は呼び止めた。


(なんだ)


(あんたの名前は)


 男は、振り返らなかった。


(……ゲオルグだ)


 彼は言った。


(ドイツだ。ハンマー投げをやっていた)


          ◇


 亮の呼吸が、止まった。


 ──ハンマー投げ。


 グロウが言っていた。


 俺はこの体に入ってた。宿主はドイツ人だ。ハンマー投げをやっていた男でな。


(──待て)


 亮は言った。


(あんた、グロウを知ってるか)


 男の足が、止まった。


          ◇


(……知っている)


 彼は言った。


(同じ会場から来た)


(西欧の予選か)


(そうだ)


 ゲオルグは言った。


(あいつと、俺と、あと一人だ。……三人だけ残った)


 彼は、初めて振り返った。


(あいつが、俺の中の子に言った)


          ◇


(なんて言った)


(この島に、グードという子がいる、と)


 ゲオルグは言った。


(そいつを狙う奴が四人いるから、先に潰せ、と)


 亮の背中が、凍りついた。


(──グロウが)


(そうだ)


 ゲオルグは言った。


(俺は、その四人を潰しに来た)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。