↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
65/69

第六十五話 貸した男

(──出ていけ、か)


 ヴィナは言った。


(言うと思ったよ)


(じゃあ、出ろ)


(断る)


 彼は、あっさり言った。


(この人は、貸すと言った。……返せとは言われてない)


 亮は、拳を握った。


(返せと言われたら、返すのか)


(返す)


 ヴィナは言った。


(俺は、そこは守る)


          ◇


 亮は、その言葉に、一瞬止まった。


 この個体は、嘘をつかない。


 ただ、言わないだけだ。


(──イリヤ)


 亮は、心の中で呼んだ。


(聞こえるか)


 返事はなかった。


(イリヤ!)


(無駄だよ)


 ヴィナは言った。


          ◇


(いま、この人は奥にいる)


 彼は言った。


(体を貸すってのは、そういうことだ。……お前も知ってるだろ)


(知ってる)


 亮は言った。


(俺の親友が、同じことをされた)


(同じじゃない)


 ヴィナは言った。


(そいつは、頼まれてない)


          ◇


 亮は、その反論に、何も返せなかった。


 そのとおりだった。


 雅人は、頼まれていない。少しずつ、気付かないうちに手を貸させられていた。


 イリヤは、頼まれて、答えた。


 ──そこが違う。


(だが、使い道を聞いてない)


 亮は言った。


(聞かなかったのは、あの人だ)


 ヴィナは言った。


          ◇


(あの人、何に使うと聞いた。俺は、グードを守るためだと答えた)


 彼は言った。


(そうしたら、あの人はこう言った)


 ヴィナは、少し間を置いた。


(──「それで、誰が死ぬ?」)


 亮の呼吸が、止まった。


          ◇


(聞いてたのか)


(聞いてた)


(お前は、なんて答えた)


(答えなかった)


 ヴィナは言った。


(黙ってたら、あの人はこう言った)


 彼は言った。


(──「そうか。じゃあ、いい」)


          ◇


 亮は、崖の上に立つ男を見た。


 小柄で、痩せた、二十代半ばのロシア人。


 この島で一度も投げなかった男。


 その男は、答えを聞かないまま、体を貸した。


(──なんでだ)


 亮は言った。


(分からん)


 ヴィナは言った。


(俺も、分からなかった)


          ◇


(だから、聞いた)


 彼は言った。


(なんて聞いた)


(お前、俺が何をするか分かってるのか、と)


 ヴィナは言った。


(そうしたら、あの人はこう言った)


 彼は、また間を置いた。


(──「俺の腕は、真っ直ぐじゃない」)


          ◇


 亮は、その言葉に、息を呑んだ。


 二日前、イリヤが自分で言った言葉だった。


 銃は道具が真っ直ぐ飛ばしてくれる。ボールは腕が飛ばす。俺の腕は、真っ直ぐじゃない。


(それが、答えなのか)


(そう言った)


 ヴィナは言った。


(そのあとに、こう続けた)


 彼は言った。


(──「だから、お前が使え。俺よりは真っ直ぐだろう」)


          ◇


 亮は、その場に立ち尽くしていた。


 この男は、諦めていた。


 自分の腕では何も守れないと、四十年撃ち続けた末に、そう結論していた。


 だから、貸した。


 誰が死ぬかも聞かずに。


(──ふざけるな)


 亮は言った。


          ◇


(ふざけるな、と言ってる)


(誰にだ)


(イリヤにだ)


 亮は言った。


(あんたの腕が真っ直ぐじゃないなら、真っ直ぐにする方法を考えろ)


 彼は言った。


(貸すな)


          ◇


(金松さん)


 カマウの声が、後ろでした。


(俺には、何も聞こえん)


(分かってます)


(だが、お前の顔を見れば分かる)


 彼は言った。


(あれは、味方か)


(分かりません)


 亮は言った。


(味方のつもりでいる敵です)


          ◇


(──なあ、宿主の男)


 ヴィナが言った。


(金松亮だ)


(金松)


 彼は言った。


(俺が四人喰えば、グードは助かる。……お前も助かる)


(そうだな)


(じゃあ、なんで止める)


          ◇


(四人の宿主が死ぬ)


 亮は言った。


(名前を知らない四人だ)


(知らない奴のために、グードを危険に晒すのか)


(そうだ)


(意味が分からんな)


 ヴィナは言った。


(お前、あの子を大事にしてるんじゃないのか)


          ◇


(してる)


(じゃあ)


(大事にしてるから、断る)


 亮は言った。


 自分でも、うまく説明できていないと思った。


 それでも、続けた。


(あいつは、二十年前に一人だけ助かった)


 亮は言った。


(そのことを、まだ引きずってる)


          ◇


(十六人が死んで、自分だけ生きた)


 亮は言った。


(あいつは、そのことを一度も言わない。……でも、ずっと持ってる)


 彼は言った。


(そこに、四人足すのか)


 ヴィナは、答えなかった。


(お前が四人喰って、あいつが生き延びたら)


 亮は言った。


(あいつは、二十人になる)


          ◇


 長い沈黙があった。


(──グード)


 ヴィナが言った。


(うん)


(お前、どう思う)


 少年は、しばらく答えなかった。


(……ヴィナ)


(なんだ)


(僕、四番の部屋のこと、覚えてる)


          ◇


(お前、いつも隅で座ってた)


 グードは言った。


(僕がボール投げてるの、見てた)


(見てた)


(一回だけ、僕に話しかけたよね)


 少年は言った。


(覚えてないな)


(覚えてないの)


          ◇


(僕、覚えてる)


 グードは言った。


(ボール、貸してって言った)


 少年は言った。


(僕、貸した。お前、投げた。……全然飛ばなかった)


 彼は言った。


(それで、お前、ボールを返して、また隅に座った)


          ◇


(……ああ)


 ヴィナが言った。


(思い出したの)


(思い出した)


 彼は言った。


(俺、あれで諦めたんだ)


(諦めた?)


(俺には無理だと思った)


 ヴィナは言った。


(お前は、上手くなった。俺は、投げなかった)


          ◇


(それで、選ばれたのはお前だ)


 彼は言った。


(当たり前だよな。……投げる奴を乗せるに決まってる)


 グードは、答えなかった。


(グード)


(うん)


(俺は、あのとき諦めた)


 ヴィナは言った。


(この人も、諦めてる)


          ◇


(腕が真っ直ぐじゃないと言った)


 彼は言った。


(俺も、あのとき同じことを思った。……俺の腕じゃ飛ばない、と)


 彼は言った。


(諦めた奴には、諦めた奴が分かる)


 亮は、その言葉を聞いていた。


          ◇


(だから、この人は貸したんだ)


 ヴィナは言った。


(自分の腕を諦めて、他人の腕に賭けた)


 彼は言った。


(俺は、その賭けに応える)


(──違う)


 亮は言った。


(何が違う)


          ◇


(あんたは、応えてない)


 亮は言った。


(あの人は、諦めた腕を貸したんだ。……あんたは、それを使って四人殺そうとしてる)


(同じことだ)


(違う)


 亮は言った。


(あの人が諦めたのは、腕だ。人じゃない)


          ◇


 崖の上で、風が吹いた。


 海の音がしていた。


 イリヤの体は、両手に球を持ったまま、動かなかった。


 その目に、焦点はない。


(──金松)


 ヴィナが言った。


(なんだ)


(お前、投げられるのか)


          ◇


(右は死んでる)


 亮は言った。


(左は、六球で限界だ)


(それで、四人から守るのか)


(守る)


(無理だな)


 ヴィナは言った。


(無理だ)


 亮は認めた。


          ◇


(じゃあ、賭けよう)


 ヴィナが言った。


(賭ける?)


(今日一日、俺は動かない)


 彼は言った。


(お前が、四人からグードを守れるかどうか。……見せてもらう)


(守れなかったら)


(俺が喰う)


          ◇


(それでいいのか)


(よくない)


 ヴィナは言った。


(だが、この体の男が、たぶんそう言う)


 彼は言った。


(あの人、俺に体を貸すとき、こう言ったんだ)


 ヴィナは言った。


(──「見てから決める」)


          ◇


 亮は、その言葉に、顔を上げた。


 崖の上の男は、動かない。


 だが、その体の奥に、まだ意識がある。


 諦めた腕を貸した男が、それでも、見ようとしている。


(──分かった)


 亮は言った。


(賭ける)


          ◇


 ヴィナが、両手の球を地面に置いた。


 それから、その場に座った。


(今日一日だ)


 彼は言った。


(日が沈むまでに、四人が来る)


(来るのか)


(来る)


 ヴィナは言った。


(俺が起きたのは、あいつらが近づいてきたからだ)


          ◇


(四人、名前は分かるか)


 亮は聞いた。


(分からん)


(じゃあ、どこから来る)


(分からん)


 ヴィナは言った。


(だが、一つだけ分かる)


(なんだ)


(あいつら、球を持ってない)


          ◇


 亮は、その言葉に眉を寄せた。


(持ってない?)


(喰うのに、球は要らない)


 ヴィナは言った。


(触ればいい)


 彼は言った。


(お前に触れる距離まで来れば、それで終わりだ)


          ◇


 亮は、その言葉を頭の中で組み立てた。


 球を投げる必要がない。


 当てる必要もない。


 ただ、亮の体に手が届けばいい。


(──逃げるしかないのか)


(そうだな)


 ヴィナは言った。


(あるいは、触られる前に、そいつらを潰すかだ)


 彼は言った。


(お前には、できないだろうがな)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。