第五十八話 四人と三個
四人が、草地を横切って近づいてきた。
全員が、体格の異常な男たちだった。
先頭を歩く男が、いちばん大きい。二メートル近い。黒い肌に、短く刈った髪。手にボールを持っている。
その後ろに三人。
うち二人が、ボールを持っていた。
残りの一人は、手ぶらだった。
◇
「──金松さん」
重信が言った。
「ボール、三個です」
「はい」
「あれ、この島にある全部ですよね」
「そうです」
亮は言った。
「四人で、三個持ってます」
◇
四人は、二十メートルほど手前で止まった。
背の高い男が、ボールを軽く放り上げて、受け止めた。
そして、頭の中に声が流れ込んできた。
(──日本の四人か)
男の声だった。落ち着いている。
昨夜の交渉役とは違う。上流の若い声とも違う。
(そうだ)
(三個ある)
男は言った。
(見えているな)
◇
(見えてる)
(我々は、この島のボールを全部押さえた)
男は言った。
(三日かけてな。……昨日、最後の一個を取った)
亮の背中が、冷えた。
(昨日の夜、上流の連中が二個使った)
(それだ)
男は言った。
(あれを拾って、そのまま奪った。……彼らは、もういない)
◇
亮は、その言葉を頭の中で組み立てた。
昨日の夜、大貫を殺した二人。
あの二人は、もう死んでいる。
(お前が殺したのか)
(そうだ)
男は、あっさり答えた。
(我々は四人だ。彼らは二人だった。……ボールを二個持っていて、二人だ)
彼は言った。
(拾う人間が足りない)
◇
亮は、その理屈を理解した。
このルールでは、投げた側にも拾う人手が要る。
当てても、球が落ちるまでに相手が拾えば判定が移る。移った球を投げ返されたら、今度はこちらが拾わなければならない。
二人では、回らない。
(人数が要るゲームだ)
男は言った。
(それを、この島で最初に理解したのは、我々だと思っていた)
彼は、亮を見た。
(お前たちは、初日から五人で動いていたな)
◇
(それで、何の用だ)
亮は聞いた。
(提案がある)
(また、誰か寄越せという話か)
(違う)
男は言った。
(組まないか)
亮は、その言葉に、思わず身構えた。
◇
(組む?)
(四人と四人だ。合わせて八人)
男は言った。
(この島に、残りは十九人いる。……八人でまとまれば、誰も手を出せん)
(それで、どうする)
(七日目まで、誰も殺さない)
◇
亮は、その言葉を聞いて、動きを止めた。
(──なんだと)
(聞こえただろう)
男は言った。
(我々八人は、七日目まで生き延びる。他の連中は、勝手に減っていく)
(残ったら、どうなる)
(黒服が言っていた。生存者が複数いる場合は、こちらで処理する、と)
彼は言った。
(つまり、七日目まで生き残っても、その先がある)
◇
(そこで、殺し合うのか)
(そうだろうな)
男は、あっさり認めた。
(だが、それは七日目の話だ)
(六日は、殺さないと)
(そうだ)
男は言った。
(六日ぶん、時間が稼げる。……その間に、考えることができる)
◇
亮は、四人──いや、三人の顔を見た。
篠塚、外山、重信。
三人は、亮の顔を見ている。何を話しているのかも分からないまま。
「──提案が来ました」
亮は言った。
「向こうと組まないか、と。合わせて八人になって、七日目まで誰も殺さない」
「……本当ですか」
外山が言った。
「向こうがそう言ってます」
◇
「信用できますか」
重信が聞いた。
「分かりません」
亮は言った。
「でも、理屈は通ってます。……八人まとまれば、誰も手を出せません」
「金松さん」
篠塚が言った。
「あの人たち、ボールを三個持ってますよね」
「はい」
「じゃあ、組まなくても、あの人たちは安全です」
◇
亮は、その指摘に顔を上げた。
そのとおりだった。
ボールを全部持っている側は、当てられない。攻撃手段を独占しているからだ。
彼らは、いま、この島でいちばん安全な四人だ。
組む必要が、ない。
(──なんで、俺たちに声をかけた)
亮は聞いた。
◇
(拾える人間が要る)
男は答えた。
(拾える?)
(我々は四人だ。三個のボールを持っている。……だが、投げれば、球は相手に渡る)
彼は言った。
(拾い返すには、人数が要る。四人では足りん)
(それで、俺たちか)
(お前たちは、昨日の夜、拾った)
◇
(見ていた)
男は言った。
(暗闇の中で、当たった人間の球を、別の人間が拾った。……この島で、あれをやったのは、お前たちだけだ)
(一人死んだ)
(一人で済んだ、と言うべきだ)
男は言った。
(二個投げられて、一人しか死ななかった。……我々なら、二人死んでいる)
◇
亮は、しばらく黙っていた。
(──名前を聞かせろ)
やがて、彼は言った。
(名前?)
(あんたと、そこの三人の名前だ)
(なぜだ)
(組むなら、要る)
亮は言った。
(俺は、名前を知らない相手とは組まない)
◇
男は、少し面食らったようだった。
だが、答えた。
(──カマウだ)
彼は言った。
(アフリカ北部地域と言われたが、俺はケニアだ。……ジョセフ・カマウ。走っていた)
(走る?)
(長距離だ)
カマウは言った。
(マラソンだ。二時間六分で走る)
◇
亮は、その数字に息を呑んだ。
二時間六分。
オリンピックの入賞ラインだ。
(後ろの三人は)
(ムーサだ)
カマウは、隣の男を示した。
(同じくケニア。五千メートル。……こいつも走る)
彼は、次の男を示した。
(テオドール。西欧地域だ。ベルギーの、なんとかいう球技をやっていた)
(ハンドボールですか)
重信が、その言葉を聞いて言った。
◇
「なんで分かるんですか」
外山が聞いた。
「体格です」
重信は言った。
「あの肩の付き方は、たぶん右利きのバックです」
亮は、その言葉をカマウに伝えた。
テオドールと呼ばれた男が、目を見開いた。
そして、笑って、何か言った。
(合っている、と言っている)
カマウが言った。
◇
(最後の一人は)
亮は聞いた。
手ぶらの男だった。
小柄で、痩せている。この四人の中で、明らかに一人だけ体格が違う。
(──イリヤだ)
カマウは言った。
(東欧地域。ロシアだと言っていた)
(競技は)
(射撃だ)
◇
亮の呼吸が、止まった。
(──射撃)
(そうだ。ライフルだと言っていた)
カマウは言った。
(こいつは、投げない。当てられん)
彼は言った。
(だから、ボールを持たせていない)
亮は、その小柄な男を見た。
久我の顔が、頭に浮かんだ。
◇
(──イリヤ)
亮は、その男に向かって呼びかけた。
届くかどうかは分からなかった。
だが、男が顔を上げた。
(……聞こえるのか)
若い声だった。二十代半ばくらいに聞こえた。
(聞こえる)
(そうか)
彼は言った。
(俺は、あまり喋らない)
◇
(一つだけ聞きたい)
(言え)
(あんた、この島で誰か殺したか)
少しの沈黙があった。
(……殺していない)
イリヤは言った。
(一度も投げていない)
(なんでだ)
(当てられないからだ)
彼は言った。
(本当に、下手なんだ)
◇
亮は、その答えに、少し笑いそうになった。
(射撃の選手が、下手なのか)
(銃は、外さない)
イリヤは言った。
(だが、あれは道具が真っ直ぐ飛ばしてくれる。……ボールは、腕が飛ばす)
彼は言った。
(俺の腕は、真っ直ぐじゃない)
◇
亮は、その言葉を聞いて、篠塚の方を見た。
投げないと決めた男が、崖を背にして立っている。
理由は、まったく違う。
だが、この島に、投げない人間が二人いる。
(──カマウ)
亮は言った。
(なんだ)
(組む)
◇
(決断が早いな)
(条件がある)
亮は言った。
(言え)
(うちに、投げない奴が一人いる)
亮は、篠塚を示した。
(そいつには、投げさせない。……それでいいなら、組む)
カマウは、篠塚を見た。
それから、イリヤを見た。
◇
(──二人になるな)
彼は言った。
(そうだ)
(八人のうち、二人が投げない)
(そうだ)
(残り六人で、この島の十九人を相手にする)
カマウは言った。
(割に合わんな)
(合わない)
亮は認めた。
(それでも、組むか)
◇
カマウは、しばらく黙っていた。
それから、ボールを軽く放り上げた。
受け止めて、彼は言った。
(組む)
(いいのか)
(俺は二時間六分で走る)
カマウは言った。
(それは、四十二キロを一人で走る競技だ。……だが、俺の国では、誰も一人では練習しない)
◇
(ペースメーカーがいる)
彼は言った。
(三十キロまで一緒に走って、そこで抜ける。記録には残らん。金ももらえん)
彼は、亮を見た。
(そいつがいないと、俺は二時間六分では走れん)
カマウは言った。
(投げない奴が、役に立たんとは思わん)
◇
その日の夕方、八人になった。
崖の上の草地に、四人と四人が集まった。
言葉は通じない。だが、亮とカマウとイリヤの三人が、頭の中の声で繋がっている。
三人が、それぞれの側に通訳した。
「──金松さん」
外山が、小声で言った。
「なんか、久しぶりに人が増えましたね」
亮は、その言葉に、少し驚いた。
◇
そのとおりだった。
この八日間、亮の周りでは人が減り続けていた。
二百人が、六十七人になった。
六十七人が、四十四人になった。
四十四人が、五人になった。
五人が、四人になった。
増えたのは、初めてだった。
◇
夜が来た。
八人で、火を焚いた。
イリヤが、乾いた枝を組んで、器用に火を起こした。
その火を囲んで、八人が座った。
誰も、何も食べていない。水も、二日飲んでいない。
それでも、火があった。
◇
「──金松さん」
篠塚が、火を見ながら言った。
「あの人たち、七日目に殺し合うつもりですよね」
「たぶん」
「六日目までは、味方ですね」
「はい」
「厄介ですね」
篠塚は言った。
「情が湧きます」
亮は、答えられなかった。
◇
その夜、亮は久しぶりに眠った。
八人いれば、見張りが二時間ずつで回る。
眠る前に、亮は心の中で呼んだ。
(グード)
(……うん)
返事があった。
昨日より、少しだけはっきりしていた。
(起きてるのか)
(ちょっとだけ)
◇
(グロウは、また来ると思うか)
亮は聞いた。
(来るよ)
グードは言った。
(あの人、来るって言ったら来るもん)
(そうか)
(ねえ、亮くん)
(なんだ)
(グロウ、なんて言ってた)
◇
亮は、少し考えてから答えた。
(あんたを、十四年探してたって)
(……そう)
(それから、二年かけて、十六人を探したって)
グードの声が、止まった。
(見つかったの)
(見つかった)
亮は言った。
(施設があった。……名簿が、あった)
◇
長い沈黙があった。
(……そっか)
グードは言った。
それだけだった。
泣かなかった。二十年前の孤児院で、名簿を見上げたときと同じだった。
(グード)
(うん)
(泣いていいぞ)
(……うん)
(俺は、聞こえないふりをする)
◇
返事は、なかった。
亮は、目を閉じた。
火の音がしていた。
波の音がしていた。
誰かが、火に枝をくべる音がした。
その音を聞きながら、亮は眠った。
◇
朝が来た。
亮を起こしたのは、イリヤだった。
(──起きろ)
その声は、緊張していた。
(どうした)
(火が見える)
イリヤは、草地の向こうを指した。
(島の中央だ)
◇
亮は、身を起こした。
朝の光の中に、黒い煙が上がっていた。
一本ではない。
三本。
島の中央から、三本の煙が立ち上っている。
(あれは)
(山火事ではない)
イリヤは言った。
(三箇所で、同時に上がった)
彼は、亮を見た。
(誰かが、合図を出している)




