第五十七話 殺しに来た理由
(──理由を聞かせろ)
亮は言った。
(十四年探した相手を、なんで殺す)
男は、松明を持ったまま立っていた。
崖の上の風が、火を横に流している。
(あの子は、恩赦の対象だ)
彼は言った。
(対象?)
(この競技で最後に残った一人が、恩赦をもらう。……あの子が残れば、あの子が帰れる)
◇
(それの何が悪い)
(帰る先がない)
男は言った。
(あの子が帰る星は、あの子を殺すために名簿に載せた星だ。……戻ったところで、また番号がない)
彼は言った。
(十四年前と、何ひとつ変わらん)
(じゃあ、帰らせなければいい)
(帰らせなければ、この星に残る)
◇
(それでいいだろ)
亮は言った。
(俺の中にいればいい。……十四年、そうしてきた)
(お前が死ぬまでだ)
男は言った。
(人間は、八十年で死ぬ。あの子は、それより長く生きる)
亮の呼吸が、止まった。
(お前が死んだら、あの子はどうする)
◇
(次の宿主を探す)
男は言った。
(そのとき、あの子は名前を聞くだろう。俺がそう教えたからだ。……そして、断られたら出ていく)
彼は言った。
(宿主の外では、長く生きられん)
(……)
(つまり、あの子は、いつか必ずそこで終わる)
◇
亮は、その理屈を組み立てた。
組み立てて、背筋が冷えた。
グードは、グロウの教えを守っている。
勝手に入らない。名前を聞く。断られたら出ていく。
その教えを守る限り、あの子は最後に必ず死ぬ。
誰かが受け入れてくれるかどうかに、命が賭かっている。
(──あんたが、そう教えたんだろ)
(そうだ)
男は言った。
(だから、俺が終わらせる)
◇
(ふざけるな)
亮は言った。
(お前に何が分かる)
(分かる)
亮は言った。
(あんたの言ってることは、全部、俺があいつに言われたことと同じだ)
男の動きが、止まった。
◇
(あの地下でだ)
亮は言った。
(会場で、敵にこう言われた。グードを渡せば、四十四人が助かると)
(……)
(そのとき、あいつは自分から出ていくと言った。僕が出れば、みんな助かるんでしょ、と)
亮は言った。
(あいつは、ずっとそれを言ってる。孤児院にいたときからだ)
◇
(俺は、断った)
亮は言った。
(なんでだ)
(そいつが決めることだからだ)
亮は言った。
(あんたが二十年前に、あいつに教えたことだろ)
男の顔が、火の中で歪んだ。
(──違う)
◇
(俺が教えたのは、宿主に選ばせろってことだ)
男は言った。
(あの子に選ばせろとは言ってねえ)
(同じことだろ)
(同じじゃねえ!)
男が、初めて声を荒らげた。
──いや、声ではない。頭の中の声が、割れた。
(あの子は、いつも自分を差し出す方を選ぶ! 六歳のときからそうだ!)
◇
(選考会でも、そうだった)
男は言った。
(あの子は外した。当てられなくて、外した。……そしたら、当てられる側が走ってきた)
亮は、その場面を思い出した。
ネルという、四歳か五歳の女の子。
膝を抱えて座っていた子が、外れた球へ向かって迷いなく走った。
(あの子は、自分では選べねえんだ)
男は言った。
(だから、周りが勝手に決める。……そうやって、あの子はいつも生き残ってきた)
◇
亮は、その言葉に、何も返せなかった。
そのとおりだったからだ。
ネルが走った。
十六人が、車に乗った。
グロウが、艇を用意した。
そして数日前、亮が「決めるのはお前だ」と言った。
──あれも、同じだったのか。
◇
(違う)
亮は言った。
(何が違う)
(あいつは、選んだ)
亮は言った。
(俺が決めろと言ったとき、あいつは黙ってた。長く黙ってた。……それから、やるよ、と言った)
(それは)
(自分で言った)
亮は言った。
(誰も走ってこなかった。誰も先回りしなかった。あいつが、自分の口で言った)
◇
男は、答えなかった。
火が、風に煽られて大きく揺れた。
(それが、十四年で初めてなんじゃないのか)
亮は言った。
(あいつは、初めて自分で決めた)
(……)
(あんたが乗せた船は、そこまでは届いてる)
◇
長い沈黙があった。
波の音がしていた。
崖の下で、岩に波が砕けている。
やがて、男が言った。
(──亮、と言ったな)
(そうだ)
(お前、いくつだ)
(二十歳だ)
◇
(二十歳か)
男は言った。
(俺が、カツを推薦したのが二十歳のときだ)
亮は、顔を上げた。
(あいつは十四歳だった。孤児院にいた。……俺が見つけて、投げ方を教えた)
男は言った。
(そして、勝たせた。誰も殺さずに勝てると、あいつは証明した)
彼は、火を見つめた。
(三日後に、処分された)
◇
(それから、俺は二十年こうしてる)
男は言った。
(推薦した奴が死んで、孤児院が名簿に載って、十六人が死んで、一人を船に乗せて、その一人を十四年探した)
彼は、亮を見た。
(全部、俺がやったことだ)
(……)
(俺は、助けようとするたびに、人を殺してきた)
◇
亮は、その言葉を聞いて、動けなかった。
自分のこれまでが、そこに重なった。
拓海が死んだ。
真柴が死んだ。
水泳の男が死んだ。
鷲尾が死んだ。
滝本たち十一人が死んだ。
雅人が死んだ。
大貫が死んだ。
全員、誰かを助けようとして死んだ。
◇
(──グロウ)
亮は言った。
(なんだ)
(あんた、俺と同じだ)
男は、答えなかった。
(俺も、ずっとそれをやってる)
亮は言った。
(誰も殺さずに勝とうとして、そのたびに人が死んだ。……昨日も一人死んだ)
彼は、崖の上の草地を見た。
(俺が、拾う順番を決めた)
◇
(順番を決めたのは、お前か)
(俺だ)
(誰が最後だった)
(あそこにいる人だ)
亮は、篠塚の方を示した。
(で、死んだのは二番目の人だ)
亮は言った。
(順番は、何の役にも立たなかった)
◇
男は、しばらく黙っていた。
(──亮)
(なんだ)
(お前、明日も同じことをするか)
亮は、その質問に、すぐには答えられなかった。
考えた。
そして、答えた。
(する)
◇
(なんでだ)
(他にやり方を知らない)
亮は言った。
(俺に投げ方を教えた人は、死ぬ前に、白線を越えて敵を助けに行った)
彼は言った。
(あの人の投げ方しか、俺は知らない)
男は、松明を持ったまま、動かなかった。
(……そうか)
◇
やがて、彼は言った。
(今日は、やめておく)
亮は、顔を上げた。
(あんた)
(勘違いするな)
男は言った。
(俺は、お前を殺す。……ただ、今日じゃない)
彼は、松明を持ち上げた。
(考える時間が要る)
◇
(グロウ)
亮は言った。
(なんだ)
(一つだけ、頼みがある)
(言え)
(あいつが起きたら、話してやってくれ)
亮は言った。
(あいつは、あんたが死んだと思ってる。……坑道で、石を持って歩いていった背中を、最後に見てる)
◇
男の動きが、止まった。
(……見てたのか)
(見た)
亮は言った。
(あいつの記憶を、俺は三日前に見た)
(どこまで見た)
(艇が飛ぶところまでだ)
亮は言った。
(あんたが、先に行ってろ、と言うところまで)
◇
火が、大きく揺れた。
男は、何も言わなかった。
長い時間、何も言わなかった。
やがて、彼は背を向けた。
松明の光が、草地の向こうへ遠ざかっていく。
そして、去り際に、一度だけ立ち止まった。
◇
(──亮)
(なんだ)
(あの子は、俺のことを、なんと呼んでた)
亮は、記憶を辿った。
六歳の子供が、坑道の中で叫んでいた声。
艇が光に包まれるとき、最後に叫んだ言葉。
(グロウ、と呼んでた)
亮は言った。
(一緒に来てよ、と言ってた)
◇
男は、動かなかった。
背を向けたまま、松明を持ったまま、しばらく立っていた。
そして、歩き出した。
その姿が、闇に消えた。
◇
「──金松さん」
篠塚が言った。
「行きましたね」
「はい」
「何を話してたんですか」
亮は、少し考えてから答えた。
「二十年、人を助けようとして、そのたびに殺してきた人の話です」
「……」
「俺と、同じでした」
◇
「金松さん」
外山が言った。
「それ、違いますよ」
亮は、そちらを見た。
「俺、ずっとあんたの後ろにいましたけど」
外山は言った。
「あんたが助けようとして死んだ人と、あんたが殺した人は、別です」
◇
「一緒にしたら、死んだ人に失礼です」
彼は言った。
「大貫さん、拾いに行くって自分で言いました。俺、聞いてました」
「……」
「あの人、あんたに言われて走ったんじゃないです」
外山は言った。
「自分で走ったんです」
亮は、その言葉に、しばらく何も返せなかった。
◇
四日目の朝が来た。
四人は、水も食料もないまま、崖の上にいた。
外山が、水平線を見ながら言った。
「……あと四日ですね」
「はい」
「金松さん」
「はい」
「そろそろ、無理って言っていいですよ」
亮は、少しだけ笑った。
「まだです」
◇
その日の昼過ぎ。
草地の向こうから、人が来た。
一人ではなかった。
四人。
手にボールを持っていた。
三個しかないはずのボール。三個を持っていた。




