↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
56/70

第五十六話 二年

(──グロウ)


 亮は、心の中でその名を呼んだ。


(そうだ)


 男は答えた。


 火に照らされた顔は、記憶の中の男とは似ても似つかない。白い肌、高い鼻、左頬の傷。四十代の白人だった。


 だが、話し方が同じだった。


(グード、聞こえてるか)


 亮は、心の中で首を振った。


(あいつは、眠ってる)


(眠ってる)


(力を使い果たした。……もう三日、返事がない)


          ◇


 男の顔から、表情が抜けた。


(──何をした)


(俺の肩を治した)


 亮は言った。


(頼んだのは俺だ)


(お前が頼んだのか)


(そうだ)


 火が、大きく揺れた。


 男が、松明を握り直したからだった。


(お前)


 その声が、低くなった。


(あの子に、何を頼んだ)


          ◇


「──金松さん」


 篠塚が、亮の前に出ようとした。


「下がってください」


「大丈夫です」


「大丈夫じゃないでしょう」


 篠塚は、亮の腕を掴んだ。


「あの人、殺気が出てます。……俺、そういうのは分かります」


 亮は、その手を外した。


「知ってる人です」


「知ってる人が、いちばん危ないんですよ」


          ◇


(俺の親友が、体を乗っ取られかけてた)


 亮は言った。


(あいつの腕が壊れて、それでも投げさせられてた。……止めるには、俺が球を捕るしかなかった)


(それで、あの子に治させたのか)


(そうだ)


(断らなかったのか、あの子は)


(断らなかった)


 亮は言った。


(俺が、決めるのはお前だと言ったからだ)


          ◇


 男の動きが、止まった。


(──なんと言った)


(決めるのはお前だと言った)


 亮は、繰り返した。


(俺の中にいるけど、俺のものじゃない。だから、やるかどうかはお前が決めろと)


 男は、答えなかった。


 火が、静かに燃えていた。


 やがて、その口が動いた。


(……そうか)


          ◇


(あの子は、なんと言った)


(椅子の話をした)


 亮は言った。


(キデ星では、宿主を椅子と呼ぶんだろう。……あいつは、自分が俺の椅子なのかと思ってたと言った)


(……)


(自分の方が、座られてる側なんじゃないかと)


 男は、松明を持ったまま、動かなかった。


(それで、違ったんだねと言った)


          ◇


 長い沈黙があった。


 波の音がした。崖の下で、岩に波が砕けている。


(──名前は)


 男が言った。


(あ?)


(お前の名前だ)


(金松亮)


(亮か)


 男は言った。


(あの子は、お前に名前を聞いたか)


          ◇


(聞いた)


 亮は言った。


(一九九三年の夏だ。俺が六歳のとき、空き地でボールを投げてた)


(……)


(あいつは、そう驚かなくていいよ、亮くん、と言った)


 亮は言った。


(名前を、先に呼んだ)


          ◇


 男が、松明を地面に突き立てた。


 両手が、自由になった。


 亮は身構えたが、男は殴りかかってこなかった。


 その場に、片膝をついた。


 そして、頭を下げた。


(──すまなかった)


 亮は、その姿に面食らった。


(何を謝ってる)


(あの子を、お前に押しつけた)


          ◇


(俺は、あの子を船に乗せた)


 男は、頭を下げたまま言った。


(行き先は選べない。着く先に誰がいるかも分からない。……ただ、生きろとだけ言って、放り出した)


(……)


(あの子は、名前も知らねえ星に落ちて、六歳のガキの中に入った)


 男は言った。


(それが、どういうことか。……俺は、十四年考えなかった)


          ◇


(考えても、仕方ないだろ)


 亮は言った。


(仕方ないで済ませていいことじゃねえ)


 男は顔を上げた。


(俺は、あの子に「勝手に入るな」と言った。「名前を聞け」と言った。「嫌がったら出ていけ」と言った)


 彼は言った。


(あれは、俺が言っていい台詞じゃなかった)


          ◇


(なんでだ)


(俺が、あの子を選んだからだ)


 男は言った。


(十七人いた。艇は一つだった。……俺が、あの子を選んだ)


 亮は、その言葉を聞いて、動けなくなった。


(残った十六人は、その日のうちに回収された)


 男は言った。


(それを決めたのは、俺だ)


          ◇


(あんたは、二年後にもう一度大会に出たな)


 亮は言った。


(誰から聞いた)


(ロイドだ)


(……あいつか)


 男は、少しだけ笑った。


(勝ったんだろう)


(勝った)


(それで、星を出た)


(出た)


          ◇


(二年、何をしてた)


 亮は聞いた。


 男は、しばらく答えなかった。


(……探してた)


(何を)


(十六人を)


 亮の呼吸が、止まった。


(回収されたんじゃないのか)


(回収されて、どこへ行ったかを探した)


 男は言った。


(生きてるかもしれねえと思った。処理場ってのがどこにあるのか、誰も知らねえからな)


          ◇


(見つかったのか)


(見つかった)


 男は言った。


(一年半かかった。D地区の北に、施設があった)


(……)


(誰も、いなかった)


 男は、そう言った。


(名簿はあった。名前が二十並んでた。全部に、線が引いてあった)


          ◇


(それで、大会に出たのか)


(他にやることがなかった)


 男は言った。


(あの子が、生きてるかどうかも分からねえ。……でも、確かめる方法が一つだけあった)


(星を出ることか)


(そうだ)


 彼は言った。


(船に乗って、飛んで、どこかに着いて、誰かの中に入って。……それから、十四年探した)


          ◇


 亮は、その言葉を頭の中で組み立てた。


 この男は、十四年、地球のどこかにいた。


 そして探し続けた。名前も知らない星の、名前も知らない誰かの中にいる子供を。


(──見つかったのか)


(見つからなかった)


 男は言った。


(見つかったのは、今日だ)


 彼は、亮を見た。


(お前が、この島に来たからだ)


          ◇


 亮は、その言葉に、何かが喉に詰まるのを感じた。


(あんた)


(あ?)


(そのために、デスドッジに出たのか)


(違う)


 男は、あっさり否定した。


(俺は、この体に入ってた。宿主はドイツ人だ。ハンマー投げをやってた男でな)


 彼は、自分の腕を見た。


(そいつが選手だったから、集められた。……偶然だ)


          ◇


(十四年探して、見つからなくて、諦めかけてた)


 男は言った。


(そこに、あいつらが来た。デスドッジをやると言われた。……笑ったよ)


(笑った?)


(この星まで来て、また同じことをやらされるのかと思ってな)


 彼は言った。


(で、会場に集められて、見回して、一人ずつ確かめた。……いなかった)


          ◇


(お前は、日本にいた)


 男は言った。


(十七の地域で予選をやってると聞いて、俺は思った。……あと十六箇所ある、と)


(……)


(この島に来て、ロイドから聞いた。日本にグードの子がいると)


 彼は言った。


(十四年で、いちばんいい報せだった)


          ◇


 亮は、しばらく黙っていた。


 それから、言った。


(グロウ)


(なんだ)


(あんた、この島で誰を殺した)


 男の動きが、止まった。


          ◇


(──三人だ)


 彼は答えた。


(予選でか)


(この島でだ。予選では、十一人)


 男は言った。


(隠す気はねえ。俺は、勝つために来てる)


(なんで)


(帰るためだ)


          ◇


(帰って、どうする)


 亮は聞いた。


(あの星に、もう誰もいないんだろ)


 男は、答えなかった。


(十六人は死んだ。カツも死んだ。あんたが帰っても、誰も待ってない)


(そうだな)


(じゃあ、なんで帰る)


          ◇


(名簿を燃やす)


 男は言った。


 亮は、その答えを予想していなかった。


(……名簿)


(D地区の施設にあった名簿だ)


 男は言った。


(あそこには、四十年分の名簿が積んであった。何万人分もだ。全部に線が引いてあった)


 彼は、火を見つめた。


(あれを燃やす。それだけのために帰る)


          ◇


(それ、意味あるのか)


 亮は聞いた。


(ない)


 男は、あっさり答えた。


(名簿を燃やしても、死んだ奴は戻らねえ。管理局はまた作る。……何も変わらん)


(じゃあ)


(それでも、燃やす)


 彼は言った。


(誰かが線を引いたなら、誰かが燃やさねえと、釣り合わねえだろ)


          ◇


 亮は、その言葉を聞いて、長く黙っていた。


 この男は、二十年近く、そのために生きている。


 十七人を助けようとして、一人しか乗せられず、十六人を死なせて、その子を探して十四年。


 そして見つけたいま、その子を持っている人間の前に立っている。


(グロウ)


(なんだ)


(あんた、俺を殺しに来たのか)


          ◇


 男は、松明を引き抜いた。


 火が、その顔を照らした。


 左頬の傷が、揺れる光の中で深く見えた。


(──そうだ)


 彼は言った。


(お前が死ねば、あの子も死ぬ)


(分かってる)


(分かってて、聞いたのか)


(聞いた)


 亮は言った。


(あんたの口から、聞きたかった)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。