↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
51/70

第五十一話 届く声

「──金松さん」


 篠塚が、低く言った。


「知り合いですか」


「……たぶん」


 亮は、川の対岸を見つめたまま答えた。


 二十メートル先で、痩せた若い男が笑っている。


 顔は違う。当たり前だ。あれは別の人間の体だ。


 だが、笑い方が同じだった。


(──やあ)


 声が、また頭の中に流れ込んできた。


(ぼく、ロイドっていいます)


          ◇


「金松さん」


 大貫が、亮の腕を掴んだ。


「あの人、なんか言ってるんですか」


「……聞こえてます」


「俺には、何も聞こえません」


「はい」


 亮は、その意味を考えた。


 この声は、亮の中にしか届いていない。


 ロイドは、亮に向けて話しかけている。


 ──いや。


(グードの子だよね)


(グロウさんが、探してるよ)


 この男は、亮ではなく、亮の中身に向かって話している。


          ◇


(グロウは、どこにいる)


 亮は、心の中で問い返した。


 届くかどうか分からなかった。


 だが、対岸の男が、大きく頷いた。


(あ、通じた)


 彼は嬉しそうに言った。


(よかった。ぼく、話すの下手なんで)


(グロウは、どこにいる)


(うーん)


 ロイドは、首を傾げた。


(それ、ぼくが言っていいのかな)


          ◇


(あの人、たぶん、自分で会いに来ると思うんですよ)


 ロイドは言った。


(ぼく、ここに来てから三日経つんですけど、その間に二回、会いました)


(三日)


 亮は、その言葉に引っかかった。


(お前、いつからこの島にいる)


(三日前です)


(俺たちは、今日着いた)


(はい)


 ロイドは、あっさり答えた。


(地域によって、着く日が違うんです)


          ◇


 亮の背筋が、冷えた。


(──先に来てる連中がいるのか)


(います)


 ロイドは頷いた。


(ぼくの地域は、三日前に予選が終わったので。……早く終わった地域から、順番に運ばれてきてます)


(じゃあ、水場も)


(もう取られてますよ)


 ロイドは、川の上流を指した。


(そこ、下流です。上に行くと、もう人がいます)


          ◇


 亮は、川の上流を見た。


 木立の向こう。谷筋が曲がって、その先は見えない。


 いま自分たちが飲んだ水は、誰かの領地を通ってきた水だ。


「──篠塚さん」


「はい」


「上流に、先客がいるそうです」


 四人の顔が、一斉に強張った。


「それ、あの人が言ったんですか」


「はい」


「信用できますか」


          ◇


 亮は、対岸の男を見た。


 ロイドは、まだ笑っていた。


 両手を体の横に下ろして、こちらを見ている。武器も、ボールも持っていない。


(お前、なんで教える)


(え?)


(俺たちは敵だろ)


(そうですね)


 ロイドは、少し考えるような顔をした。


 そして、答えた。


(でも、ぼく、グロウさんに教わったので)


          ◇


(教わった、って)


(ぼく、あの人に負けたんです。四年前に)


 ロイドは言った。


(それで、あの人が船に乗るとき、ぼくに言ったんですよ)


 亮の呼吸が、止まった。


(船に、乗った)


(乗りましたよ。優勝したので)


 ロイドは、当たり前のように言った。


(あの人、二回目の裏の大会に出て、また勝ったんです。……ぼく、また負けました)


          ◇


 亮は、その言葉を飲み込むのに、時間がかかった。


 記憶の中で、グロウは坑道の入口へ歩いていった。


 石を一つ、右手に握って。


 黒い制服の男たちに向かって。


 あそこで死んだのだと、亮は思っていた。


(生きてたのか)


(生きてましたよ)


 ロイドは言った。


(怪我はしてました。すごく。……でも、次の大会まで、二年ありましたから)


          ◇


(二年)


(はい)


(その二年、あいつは何をしてた)


(知りません)


 ロイドは、あっさり言った。


(でも、大会に来たとき、前より強かったです)


 彼は、自分の右腕を軽く回した。


(ぼく、四年前は三十球で落としました。二年前は、六十球まで捕れるようになってたんです。……練習したので)


(それで)


(百二十球投げられました)


          ◇


 亮は、拳を握った。


 右手だけが握れた。


(あいつは、また同じことをしたのか)


(同じことです)


 ロイドは言った。


(一人で残って、ずっと捕ってました。……お客さん、また怒ってましたよ)


 彼は、少しだけ笑った。


(でも、勝ったので、望みを言えました)


(何を望んだ)


(星の外に出ることです)


          ◇


 亮は、目を閉じた。


(子供は)


(え?)


(一緒に乗せろとは、言わなかったのか)


 ロイドは、きょとんとした顔をした。


(子供って、誰ですか)


 亮は、答えなかった。


 答えられなかった。


 二回目の大会は、二年後だ。


 名簿の子供たちは、その二年前に回収されている。


          ◇


(あの人、一人で乗りました)


 ロイドは言った。


(望みは一つだけって決まってるので。……ぼく、それを見てました)


(お前は、どうやってここに来た)


(三年前に、番号を持ってる人と喧嘩して、負けたんです)


 ロイドは、へへ、と笑った。


(で、名簿に載って、逃げて、また裏の大会に出て、それでちょっと勝って、船に乗せてもらいました)


          ◇


(じゃあ、お前も)


(はい、地球に来ました)


 ロイドは、自分の体を見下ろした。


(この人の中に入ったのは、二十年くらい前です。……この人、ぼくが来たとき、七歳でした)


(名前は聞いたか)


(え?)


(入るとき、この人に名前を聞いたか)


          ◇


 ロイドは、しばらく黙っていた。


 それから、首を傾げた。


(聞いてないです)


(そうか)


(聞いた方がよかったですか)


(……いや)


 亮は言った。


(もういい)


 ロイドの中にいるものと、グードの中にいるものは、違う。


 同じ星から来て、同じように追われて、同じように誰かの中に入った。


 だが、片方は名前を聞いた。


          ◇


(あの、それで)


 ロイドが言った。


(グロウさん、あなたに会いたがってます)


(なんでだ)


(分かりません)


 彼は言った。


(でも、こう言ってました。……グードが生きてるなら、会わないといけないって)


(会わないと、どうなる)


(うーん)


 ロイドは、頭を掻いた。


(そこまでは、聞いてないです)


          ◇


 ロイドが、片手を上げた。


(じゃあ、ぼく、行きますね)


(待て)


(はい?)


(ひとつ聞かせろ)


 亮は言った。


(お前は、この島で誰かを殺す気か)


 ロイドは、その質問を予想していなかったらしい。


 目を丸くして、それから、当たり前のように答えた。


(殺しますよ)


          ◇


(帰りたいので)


 彼は言った。


(ぼく、あの星に帰りたいんです)


(あんな星にか)


(あんな星でも、生まれたところなので)


 ロイドは、少しだけ寂しそうに笑った。


(ここ、言葉が分からないし、体も借り物だし。……二十年いても、慣れないです)


 彼は、木立の中へ下がっていった。


(また会いましょう)


          ◇


 その姿が消えてから、亮はしばらく動けなかった。


「──金松さん」


 篠塚が言った。


「何を話したんですか」


 亮は、四人を見た。


 大貫、外山、重信、篠塚。


 この四人には、頭の中の声が聞こえない。


 この島にいる連中の半分は、たぶん、亮と同じように会話をしている。


 情報の量が、根本的に違う。


          ◇


「──上流に、先客がいます」


 亮は言った。


「三日前から島にいる連中です。地域によって、着いた日が違うそうです」


「三日」


 大貫の顔が、歪んだ。


「じゃあ、俺たち、いちばん最後ですか」


「たぶん」


「食料は」


「取られてるでしょうね」


          ◇


 外山が、その場に座り込んだ。


「……なんすか、それ」


「外山さん」


「不公平すぎませんか」


 彼は言った。


「俺ら、いちばん死んで、いちばん遅く来て、いちばん多く狙われて」


「はい」


 亮は言った。


「不公平です」


「……」


「でも、こっちには五人います」


          ◇


「五人は、多すぎるって言ったのは金松さんですよ」


 篠塚が言った。


「多すぎます」


 亮は認めた。


「狙われます。囲まれます。……でも、五人いれば、五人で拾えます」


 彼は、四人を見た。


「今回の規則は、当たっても死にません」


 亮は言った。


「落ちたら死ぬんです。……だったら、落とさなければいい」


          ◇


 四人が、顔を見合わせた。


「拾うってことですか」


 重信が言った。


「はい」


「拾った奴が、次に死にますよ」


「じゃあ、その次の人が拾います」


 亮は言った。


「五人で、回します」


          ◇


「……それ、最後の一人が死にますよね」


 外山が言った。


 部屋ではなく、木立の中だった。誰も、天井を見上げなかった。


 亮は、答えなかった。


 答えられなかった。


 五人で回せば、四人までは助かる。だが、最後の一人が持ったとき、それを拾う者はいない。


          ◇


「──やりましょう」


 大貫が言った。


「大貫さん」


「俺、ずっと、あんたの指示で投げてました」


 彼は言った。


「十球しか当ててません。……その代わり、四十球外しました」


 大貫は、自分の掌を見た。


「外した球で、誰も死ななかったんですよ。当てた球では、十人死にました」


 彼は、顔を上げた。


「拾う方が、性に合ってます」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。