第五十話 落ちたら死ぬ
輪は、思ったより軽かった。
黒い、指二本ぶんほどの幅のもの。首に回すと、留め具が音もなく閉じた。
外そうとして、亮は手を止めた。
継ぎ目が、どこにもない。
装着した瞬間に、一続きの輪になっていた。
「──説明する」
黒スーツが言った。
「その装置には、爆薬が入っている」
浜が、静まり返った。
◇
「量は少ない。周囲の人間を巻き込むほどではない」
彼は、事務的に続けた。
「装着者の首から上を破壊するだけの量だ」
誰かが、首元に手をやった。
外そうとして、指が滑る。継ぎ目がないので、掛かるところがない。
「無理に外そうとすれば起爆する。他人に外させようとしても同じだ。……試した者は、これまで十九人いる。全員、同じ結果になった」
◇
「次に、ボールについて説明する」
黒スーツは、傍らの箱からボールを取り出した。
赤いゴムボール。
バレーボールほどの大きさの、どこにでもある安っぽいやつ。あの地下で、亮が見続けてきたものと、まったく同じに見えた。
「見た目は、これまでと変わらない」
彼は、それを軽く放り上げて、受け止めた。
「だが、中身が違う」
◇
「このボールには、判定装置が入っている」
黒スーツは言った。
「人体に接触した瞬間、その人物の装置を特定する。……ここまでは、これまでと同じだ」
彼は、ボールを掌の上に乗せた。
「違うのは、ここからだ」
亮は、その手元を見つめていた。
「接触が起きても、直ちに判定は下されない」
◇
「──は?」
誰かが声を出した。
「接触後、このボールが地面に触れたとき、判定が確定する」
黒スーツは言った。
「そのとき、最後に接触した人物の装置が起爆する」
浜が、ざわめいた。
亮は、その意味を掴もうとして、数秒かかった。
──当たっただけでは、死なない。
──当たったあと、ボールが地面に落ちたら、死ぬ。
◇
「つまり」
亮は、思わず口を開いていた。
「当たっても、誰かがボールを拾えば」
「死なない」
黒スーツは、あっさり答えた。
「地面に触れる前に、誰かが保持すれば、判定は移る。……その者が、新たな最終接触者となる」
「移る」
「そうだ」
彼は言った。
「拾った者が、次に死ぬ候補になる」
◇
亮は、拳を握った。
右手だけが握れた。
つまり、こういうことだ。
当てられた人間は、すぐには死なない。ボールが落ちるまでの数秒間、生きている。
その数秒で、誰かが走ってボールを拾えば、当てられた人間は助かる。
そして、拾った人間が、次の候補になる。
◇
「なんだそれ」
外山が呟いた。
「なんだよ、それ」
「……よくできてます」
篠塚が言った。
その声は、低かった。
「よくできてる、って」
「これまでは、当たったら終わりでした。誰も助けられなかった」
篠塚は言った。
「今度は、助けられます。……走れば」
◇
「そして、助けたやつが死ぬ」
大貫が言った。
「はい」
「地獄じゃねえか」
「地獄ですね」
篠塚は、あっさり認めた。
「でも、金松さん」
彼は、亮を見た。
「これ、たぶん、あいつらが俺たちを見て作った規則ですよ」
◇
亮は、その言葉に顔を上げた。
黒スーツが、こちらを見ていた。
三回戦のとき、あの男は言った。
──日本地域だけが、違った。殺さずに勝とうとする者が、繰り返し現れた。
──効率が悪い。だが、興味深いとは思う。
(──そうか)
亮は、理解した。
この規則は、助けようとする人間を、順番に殺すためのものだ。
◇
「補足する」
黒スーツが言った。
「ボールは、この島に三個ある」
三個。
亮は、その数を頭に刻んだ。
「投げる範囲に制限はない。この島のどこにいてもよい。……ただし」
彼は、島の内陸を指した。
「水と食料は、島の中央にのみ存在する」
◇
「──ちょっと待ってください」
重信が言った。
「食料って、まさか」
「川が一本ある。果実の生る樹木がいくつかある」
黒スーツは言った。
「三十人分には、足りない」
浜が、静まり返った。
「期間は、七日間」
彼は言った。
「七日後、生存者が複数いる場合は、こちらで処理する」
◇
「最後に」
黒スーツは、端末を閉じた。
「この島に、我々の人員は常駐しない」
亮は、顔を上げた。
「監視は行う。判定も行う。だが、この砂浜を離れれば、諸君を止める者はいない」
彼は言った。
「殺し合っても、協力しても、何もしなくてもよい。……七日後に、何人残っているかだけを記録する」
そして、彼は歩き出した。
沖のボートへ向かって。
◇
「──待てよ!」
誰かが叫んだ。
英語だった。亮には意味が分からなかった。
だが、黒スーツは振り返らなかった。
ボートが、沖へ離れていく。
クルーザーが、遠ざかっていく。
やがて、水平線の向こうに消えた。
◇
浜に、二十八人が残された。
誰も、動かなかった。
波の音がした。風が、椰子のような木を揺らした。
亮は、周囲を見回した。
全員が、同じことをしていた。誰が味方で、誰が敵か。誰が強くて、誰が弱いか。
そして、その視線の多くが、日本の五人に集まっていた。
◇
「──金松さん」
篠塚が、小声で言った。
「見られてます」
「はい」
「五人は、多すぎます」
「はい」
「たぶん、今夜が最初です」
亮は、頷いた。
三十秒の計測はない。天井の声もない。
だが、この島には、それより悪いものがある。
夜がある。
◇
最初に動いたのは、日本ではなかった。
浜の反対側で、三人が固まって歩き出した。西欧地域の三人だ。
そのまま、内陸へ向かっていく。
次に、北米の二人が動いた。
次に、中東の二人。
誰も、争わなかった。
全員が、まず場所を取りに行った。
◇
「俺たちも動きましょう」
亮は言った。
「どこへ行きます」
大貫が聞いた。
「水です」
亮は言った。
「食料は後回しでいい。人間は、水がないと三日で動けなくなります」
「川は、島の中央だって言ってましたね」
「はい」
「じゃあ、みんなそこに行きますよ」
重信が言った。
「そうです」
亮は言った。
「だから、先に行きます」
◇
五人は、砂浜を離れた。
木立に入ると、空気が変わった。湿っていて、重い。虫の音が耳を塞ぐほど大きい。
地面は柔らかく、足跡が残った。
亮は、それに気付いて、足を止めた。
「──足跡が残ります」
「まずいですか」
「たどられます」
亮は言った。
「五人で固まって歩くと、道ができます」
◇
「じゃあ、散りますか」
外山が言った。
「散ったら、一人ずつ狙われます」
篠塚が言った。
「固まったら、まとめて狙われます」
大貫が言った。
二人の言うことは、どちらも正しかった。
亮は、少し考えてから言った。
「……固まりましょう」
「なんでですか」
「散った五人は、五人ぶんの目しか持ちません」
◇
「固まった五人は、五人ぶんの目を、一箇所に集められます」
亮は言った。
「このゲームは、当てるゲームじゃない」
彼は、四人を見た。
「ボールを持ち続けるゲームです。……そして今回は、拾い続けるゲームでもある」
篠塚が、少しだけ笑った。
「甲本さんの受け売りですね」
「はい」
「いいと思います」
◇
川は、思ったより早く見つかった。
島の中央に近い谷筋を、細い水流が流れている。幅は二メートルほど。深さは膝までもない。
だが、水だった。
外山が、真っ先に膝をついた。
「うわ、冷てえ」
「飲む前に、上流を見てください」
重信が言った。
「上に死体があったら終わりです」
全員が、一瞬黙った。
◇
上流を確認して、五人は水を飲んだ。
久しぶりに、亮は自分の喉が渇いていたことに気付いた。船で水は出たが、あれは飲まされたのであって、飲みたかったわけではない。
顔を洗った。
右肩を、冷たい水に浸した。
少しだけ、熱が引いた気がした。
「──金松さん」
篠塚が、川の向こうを見ていた。
「何か」
「あそこ」
◇
亮は、そちらを見た。
川の対岸、二十メートルほど先。
木の間に、人影があった。
一人。
こちらを見ている。
背が低い。痩せている。若い男に見えた。
その男は、亮たちに気付いても、逃げなかった。
◇
男が、片手を上げた。
敵意のない仕草だった。
そして、笑った。
その笑い方を見た瞬間、亮の背筋に、氷が滑り落ちた。
知っている笑い方だった。
四年前のキデ星、坑道の中で、白線の向こうから手を振っていた男。
(──ロイド)
◇
男が、口を開いた。
日本語ではなかった。何語かも、亮には分からなかった。
だが、その意味が、亮の頭に直接流れ込んできた。
頭の中で、翻訳されている。
(──やあ)
男は言った。
(グードの子だよね)
亮の呼吸が、止まった。
(グロウさんが、探してるよ)




