第三十八話 裏の大会
結局、その夜は誰も眠らなかった。
亮と雅人と篠塚、それに久我の連れてきた四人で、動かない男のベッドを囲んだ。
交代で見張ることにした。誰かが近づいたら声を上げる。それだけの取り決めだ。
「なあ亮」
左手で膝を抱えたまま、雅人が言った。
「この人、どうすんの」
「分からない」
「三回戦、出られねえよな」
「……たぶん」
「出られなかったら、どうなるんだ」
亮は、答えなかった。
番号は付いている。ゼッケンは着ている。だが、動かない。
競技に使えない人員を、あいつらがどう扱うか。
その答えを、亮はもう知っていた。
◇
「金松さん、休んでください」
篠塚が言った。
「あなたが倒れたら、こっちが終わります」
「篠塚さんこそ」
「俺は今日、けっこう頑張ったんで」
彼は、少しだけ笑った。
「もう寝ます」
亮は、自分のベッドに戻った。
横になって、目を閉じる。
眠れるとは思っていなかった。
だが、頭の奥で、あの音がした。
──ざあ。
◇
目を開けると、天井が低かった。
石だった。ごつごつした岩肌が、手の届きそうな高さにある。
湿った空気。カビの匂い。どこかで水の落ちる音。
地下だった。
亮は、狭い通路の隅に立っていた。
壁際に、布にくるまった子供たちが並んで寝ている。数えると、十七人いた。
(……逃げ切ったのか)
亮は、少しだけ息を吐いた。
あの回収車は、どこかへ辿り着いたらしい。
◇
通路の奥から、声がした。
亮は、そちらへ歩いた。
小さな部屋があった。ランプが一つ灯っている。
グロウが、床に座っていた。
上半身に布が巻かれている。血が滲んでいた。撃たれた背中は、まだ塞がっていないらしい。
その向かいに、グードが座っていた。
「──何日たったの」
子供が聞いた。
「六日だ」
「みんな、お腹すいてる」
「知ってる」
「水も、もうないよ」
「知ってる」
グロウは、それしか言わなかった。
◇
「ねえ、グロウ」
「あ?」
「裏の大会って、なに」
グロウの手が止まった。
包帯を巻き直そうとしていた手が、そのまま宙で止まっていた。
「……お前、聞いてたのか」
「うん」
「そうかよ」
グロウは、ため息をついた。
それから、諦めたように床に座り直した。
「公式じゃない大会だ」
◇
「番号を剥がされた奴、地区を追われた奴、逃げてる奴。……そういう連中が集められて、デスドッジをやる」
グロウは言った。
「D地区の外れに、使われなくなった坑道がある。そこが会場だ」
「誰が見るの?」
「Ω地区の連中だ」
グロウは、上を指した。
「王の膝元にいる金持ちどもが、賭けの対象にする。……表向きは存在しないことになってるが、地区の役人も知ってる。知っててやらせてる」
「なんで?」
「番号のない人間が、まとめて減るからだよ」
◇
亮は、壁にもたれて聞いていた。
筋が通っている、と思った。
管理する側にとって、これほど都合のいい興行はない。処分すべき人間が、勝手に集まって、勝手に減っていく。しかも賭け金まで落ちる。
──定員が減ることは、妨げではない。
あの黒スーツの声が、頭の中で反響した。
あの言葉は、この星の役人が、何十年も前から言い続けてきたことなのだろう。
◇
「じゃあ、なんで出るの」
グードが聞いた。
「勝ったら、何かもらえるの?」
「ああ」
グロウは頷いた。
「優勝者は、望むものを一つ言える」
「なんでも?」
「Ω地区の連中が用意できる範囲でな。……あいつらが用意できないものは、この星にほとんどない」
グロウは、床に転がっていた石を拾い上げた。
「四年前、俺は一度だけ、その大会を見に行った」
「見に?」
「金がなくてな。……そのとき、優勝した奴が何を望んだと思う」
◇
「なに?」
「星の外に出ることだ」
グードの目が、丸くなった。
「その男は、Ω地区の船に乗せられて、この星を出た。……どこへ行ったかは誰も知らねえ。だが、乗ったのは間違いない。俺はそれを見た」
グロウは、石を握った。
「だから、あるんだよ。手段は」
「……グロウ」
「十七人だ」
グロウは言った。
「十七人乗せろって言う。……そのくらい、聞いてもらえるだろ」
◇
亮は、その言葉を聞いて、目を閉じた。
無茶だ、と思った。
背中を撃たれた男が、非公式の死のドッジボールに出て、優勝して、子供十七人を星の外へ出す。
どこにも現実味がない。
だが。
(……無いもんは無い、か)
二日前、鷲尾という男が言った言葉を思い出した。
この男も、同じところにいる。他に道が無い場所で、いちばんましな無茶を選んでいるだけだ。
◇
「僕も出る」
グードが言った。
「駄目だ」
「なんで!」
「お前、選考会で何人抜いた」
「……十九人」
「そのうち何人が、お前より年上だった」
グードは、答えなかった。
「裏の大会に来るのは、番号を剥がされた大人だ。元選手も混じる」
グロウは言った。
「お前は、投げれば当てられる。だが、当てられる前に当たる」
「……」
「見てろ。それがお前の仕事だ」
◇
時間が飛んだ。
日の光は、地下には差さない。だから、どれだけ経ったのかは分からない。
次に亮が立っていたのは、坑道の奥だった。
広い。
天井が高く、岩をくり抜いて作られた円形の空間になっている。三百人は入りそうだった。
そして、実際に人がいた。
壁際に沿って、段になった観覧席がある。そこに、二百人ほどが座っていた。
服装が違う。誰も薄汚れていない。柔らかそうな布を身に着け、手には杯を持っている。
Ω地区の人間たちだった。
◇
中央の床に、白い線が引かれていた。
石灰か何かで、雑に引かれた線だ。まっすぐでもない。
だが、それは白線だった。
その両側に、人が立っていた。
二十人と、二十人。
全員が大人だった。痩せている者もいれば、異様に体格のいい者もいる。共通しているのは、胸に何も下がっていないことだった。
番号を持たない人間が、四十人。
◇
グロウは、そのうちの一人だった。
白い布を巻いた上半身に、粗末な服を引っかけている。血は止まっているらしいが、顔色は悪い。
亮は、その隣に立った。
誰にも見えない体で。
観覧席の一角に、グードがいた。子供が一人だけ、着飾った大人たちの間に混じって、身を縮めるようにして座っている。
その手が、膝の上で強く握られていた。
◇
「──さて、諸君」
観覧席の上から、声がした。
派手な衣装の男が、両手を広げている。進行役らしい。
「本日も、番号なき諸君にご登場いただいた」
観客が、笑った。
亮の胃が、締めつけられた。
「規則は簡単だ。当たれば死ぬ。外野はない。最後に立っていた者が、望みを一つ叶えられる」
男は、大げさに一礼した。
「ああ、それと。今回は特別な参加者がいる」
◇
「第三十九回選手権の優勝者──グルー」
観客席が、どよめいた。
拍手が起きた。何人かが立ち上がって、手を叩いていた。
グロウは、微動だにしなかった。
「落ちぶれたものだ、と諸君は思うだろう。私もそう思う」
進行役は笑った。
「だが、腕はまだ残っているかもしれない。……賭けの対象としては、実に面白い」
◇
「そしてもう一人」
男は、白線の反対側を指した。
「こちらも、少々変わった経歴の持ち主だ」
亮は、そちらを見た。
一人の男が、白線の向こうに立っていた。
若い。二十代の前半だろうか。背は高くない。手足が細く、姿勢が妙にふらふらしている。
その男は、こちらを見て、にこにこ笑っていた。
「E地区九十九番。……いや、元・九十九番か」
進行役が言った。
「みなさんご存じ、マネっこロイドだ」
◇
観客席が、湧いた。
さっきよりも大きな歓声だった。
亮は、その男を見ていた。
ロイドと呼ばれた若者は、ぺこりと頭を下げた。それから、白線越しにグロウを見て、嬉しそうに手を振った。
「グルーさん!」
彼は、大きな声で言った。
「本物だ! わあ、本物のグルーさんだ!」
グロウは、答えなかった。
「あの、ぼく、あなたの試合、全部見ました」
ロイドは言った。
にこにこ笑ったまま、右腕を軽く回した。
「だから、全部できますよ」




