↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/72

第三十一話 枠は、一つ

「知ってたの」


 グードは、そう言った。


 振り返ったまま、爪先立ちをやめて、両足を地面につけて。


 グロウは、空き地の入口から動かなかった。


「ああ」


「いつから」


「最初からだ」


 子供は、それ以上何も言わなかった。


 亮は、その小さな背中を見ていた。


 泣くのだろうと思った。子供なのだから、泣いていいはずだった。


 だが、グードは泣かなかった。


 紙をもう一度見上げて、自分の名前をもう一度確かめて、それから、乾いた声で聞いた。


「僕、いつ死ぬの」


          ◇


「三日後だ」


 グロウは、隠さなかった。


「回収車が来る。名簿の順に乗せられて、そのまま処理場に行く」


「痛い?」


「知らん」


「……そっか」


 グードは、頷いた。


 その反応の速さに、亮はぞっとした。


 この子供は、驚いていない。


 名簿に自分の名前があったことにも、三日後に死ぬことにも、驚いていなかった。ただ、日程を確認しただけだった。


(──何度目だ)


 亮は思った。


(この子は、何度この紙を見上げてきたんだ)


          ◇


 周りの子供たちが、少しずつ散っていった。


 誰も泣いていなかった。誰も騒いでいなかった。


 名前を見つけた子は黙って建物に戻り、見つからなかった子は、その背中を見送っていた。慰めもしなかった。慰める言葉が、この場所には無いのだろうと亮は思った。


「──グード」


 グロウが言った。


「一つだけ、道がある」


 子供が、振り返った。


「代表選考会だ」


          ◇


「地区の代表は、毎年選考会で決める」


 グロウは、空き地の方へ歩き出しながら言った。グードが、その後ろをついていく。亮もついていった。


「勝ち上がって代表になれば、番号が刻まれる。名簿からは自動的に外れる。……人口調整の対象は、番号を持たない者だけだからな」


「僕、出られるの?」


「本来は出られない。登録されてない人間は、申請そのものができないからな」


「じゃあ──」


「推薦枠がある」


 グロウは足を止めた。


「地区の登録選手は、一人だけ推薦できる。俺はC地区の九十一番だ。……使ってない枠が、一つある」


          ◇


「使ってくれるの!?」


 グードの声が、跳ね上がった。


「使う」


「やった!」


 子供は、その場で飛び上がった。


 両手を上げて、二回、三回と跳ねた。


 亮は、その姿を見ていられなかった。


 グロウも、見ていなかった。


 彼は空を見上げていた。緑色の空に、白い太陽と赤い太陽が並んでいる。


「グード」


「なに!」


「選考会は、明日だ」


「うん!」


「……相手を、聞かないのか」


          ◇


 子供の動きが、止まった。


「相手?」


「推薦枠は、C地区に十九ある」


 グロウは言った。


「登録選手が十九人いるからな。そして、今年その枠を使った奴が、全員お前と同じところから選手を出してる」


「……えっ」


「名簿を見ただろう。二十人載ってた」


 亮は、息を呑んだ。


 ──第四十七次 人口調整対象。二十の名前。


「明日、その二十人が集められる。全員、番号を持ってない子供だ」


 グロウは、ようやく子供の方を向いた。


「勝ち残った一人だけが、代表になる」


          ◇


「……あとの、十九人は」


「三日後に、回収車に乗る」


 グードは、口を開けたまま立っていた。


 亮は、その横で立ち尽くしていた。


 二十人が集められて、一人だけが助かる。


 残りは死ぬ。


(──同じだ)


 背筋が、一気に冷えた。


 二百人が集められて、恩赦は一名。


 同じだった。地球でやられていることは、この星が孤児に対してやっていることの、そっくりそのままの拡大版だった。


 あの黒スーツたちは、新しい残酷さを発明したわけではなかった。ただ、自分たちが子供の頃から見てきた仕組みを、別の星に持っていっただけだ。


          ◇


「なあ、グロウ」


 グードが言った。


「十九人って、誰?」


「知ってる顔もいるだろうな」


「……うん」


 子供は、孤児院の建物を振り返った。


 小さな窓が並んでいる。その向こうに、さっきまで一緒に紙を見上げていた子供たちがいる。


「僕が勝ったら、みんな死ぬの」


「そうだ」


「僕が負けても、みんな死ぬの」


「一人以外はな」


 グードは、しばらく黙っていた。


 それから、地面に落ちていたボールを拾い上げた。


「じゃあ、出る」


          ◇


「いいのか」


「だって、出ないと二十人死ぬもん」


 子供は、ボールを両手で抱えたまま言った。


「出れば、十九人でしょ。一人減る」


 亮は、その言葉を聞いて、動けなくなった。


(……六歳だぞ)


 この子供は、いま、そういう計算をした。


 二日前、亮が自分に禁じた計算を。人数を数えて、少ない方を選ぶという計算を、この孤児院では六歳の子供が当たり前のようにやっていた。


「グード」


 グロウが言った。


「一つだけ、約束しろ」


「なに」


「勝て」


「……うん」


「他は考えるな。友達のことも、名簿のことも、全部あとだ。明日は勝つことだけ考えろ」


          ◇


 その夜、亮は孤児院の中を歩いた。


 誰にも見えない体で、廊下を抜け、部屋を覗いた。


 子供たちは、床に敷いた布の上で寝ていた。ベッドは無かった。詰めれば三十人は入りそうな部屋に、四十人近くが並んでいる。


 誰も、泣いていなかった。


 一人だけ、起きている子がいた。


 グードだった。


 部屋の隅で膝を抱えて、暗がりの中で自分の右手を見ている。指を、何度も握ったり開いたりしていた。


 亮は、その隣に座った。


 座っても、床の感触はあった。だが、少年はこちらを見なかった。


(……なあ)


 亮は、届かないと知りながら話しかけた。


(お前、それで地球に来たのか)


          ◇


 朝が来た。


 子供たちが、順番に建物の外へ出されていく。


 二十人。


 いちばん小さい子は、四歳か五歳に見えた。いちばん大きい子でも、十歳を超えていないだろう。


 全員が、赤いゴムボールを持たされていた。


 その列の脇に、大人たちが立っていた。地区の登録選手だ。それぞれが、自分の推薦した子供の後ろに立っている。


 グロウも、そこにいた。


 亮は、周りの大人たちを見た。


 誰も、子供の顔を見ていなかった。


 自分の枠を埋めるために連れてきただけだ、という顔をしていた。


          ◇


 列が動き出したとき、亮は建物の壁に貼られたものに気付いた。


 色褪せた紙だった。何年も前のものらしい。端が破れて、めくれ上がっている。


 そこに、男の写真が印刷されていた。


 右腕だけが異様に太い、背の高い男。腕を振り抜いた姿勢で止まっている。


 その下に、文字があった。


 亮には、それが読めた。


 ──C地区代表 グルー。第三十九回 デス・ドッジ選手権 優勝。


          ◇


 亮は、列の脇に立つ男を見た。


 同じ顔だった。


 だが、写真の男より、はるかに痩せていた。頬がこけ、目の下に影がある。ポスターの中で笑っている男とは、別人のように見えた。


 子供たちの列の中から、小さな声がした。


「……あの人、テレビに出てた人だよね」


「うん」


「なんで孤児院なんかに来るんだろ」


「知らない」


 亮は、その会話を聞いていた。


 そして、グロウの顔を見た。


 男は、聞こえないふりをしていた。


          ◇


 会場は、孤児院から歩いて十分ほどの場所にあった。


 大きな建物ではなかった。屋根のない、四角い囲いだけの広場だ。地面は乾いた砂で、中央に一本、白い線が引かれている。


 亮は、その線を見た。


 地下の部屋にあったものと、同じ形だった。


 二十人の子供が、線を挟んで、十人と十人に分けられていく。


 グードは、白線のこちら側にいた。ボールを両手で抱えて、しっかりと立っている。


 その向かいに、十人の子供が並んだ。


 全員、知っている顔だった。同じ部屋で寝ていた顔だ。


 いちばん端にいた小さな子が、グードを見て、小さく手を振った。


 グードは、振り返さなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。