第十八話 九回の続き
「──以上、新XVチーム十八名」
黒スーツが端末から目を上げた。
「呼ばれなかった者は、新XYチームとなる。ゼッケンは入場時に配布する」
部屋の中央に、二つの塊ができていた。
亮の側に十八人。篠塚がいる。柔道の男がいる。拾いを担当していた連中の半分がいる。
向こう側に十八人。鷲尾がいる。その取り巻きが五人。
そして、雅人がいた。
◇
「……なんだよ」
雅人が、最初に口を開いた。
「そんな顔すんなって」
「雅人」
「いやー、まいったな。俺、亮の球だけは打てたことねえのに」
いつもの軽さだった。
声も、表情も、肩のすくめ方も、全部いつもどおりだった。
だから亮は、余計に何も言えなかった。
「二時間後だ」
黒スーツが言った。
「それまでは、この区画で待機しろ。移動の指示は追って出す」
扉が閉まる。
三十六人が、二つに分かれたまま、そこに立っていた。
◇
「金松さん」
篠塚が、亮の袖を引いた。
部屋の隅へ移動する。声を落として、彼は言った。
「数えました。……俺たちが作戦を教えた二十四人のうち、こっちに残ったのは十二人です」
亮は、目を閉じた。
「残りの十二人は」
「向こうです」
「……全部、伝わってるってことか」
「そうです」
篠塚は淡々と続けた。
「陣形の作り方、隙間の意味、号令のタイミング、拾いの分担。全部、向こうも知ってます。俺が十時間かけて教えました」
亮は壁に手をついた。
「俺のせいだ」
「違います」
篠塚は、はっきりと言った。
「あいつらは、俺たちが作戦を組むのを二日見てました。……そのうえで、教えた側と教わった側を、綺麗に半分にしてきたんです」
亮は、顔を上げた。
「わざとか」
「そうでなきゃ、こんなに都合よく割れません」
◇
(グード)
亮は心の中で呼んだ。
(この分け方、あいつらの都合か)
(たぶんね)
(何が狙いだ)
(……亮くんを、折ること)
グードの声は硬かった。
(この二日、この部屋で一番よく見られてたのは亮くんだよ。人を四十人以上殺せる球を投げて、肩が終わって、それでも指揮を執り始めた。……欲しがってる子は、たくさんいる)
(それと、この分け方に何の関係がある)
(亮くんが一番大事にしてる人と、戦わせるため)
亮の指が、壁を掻いた。
(折れた宿主は、扱いやすいから)
◇
「金松さん」
篠塚が言った。
「聞いていいですか」
「はい」
「あの人──野上さん。中に入られてますよね」
亮は、篠塚を見た。
「気付いてましたか」
「昨日の投球を見れば分かります。あれは肘が壊れる投げ方だ。……なのに、今日は普通に腕を回してる」
篠塚は、向こう側で笑っている雅人を見た。
「俺と同じです」
「……はい」
「じゃあ、あんたは今、甲本さんと同じ立場ですね」
亮は、答えられなかった。
白線の向こうに、体を乗っ取られかけた親しい人間がいる。勝てば相手のチームは処分される。負ければこちらが死ぬ。
拓海が二日前に置かれていたのと、寸分違わない場所に、亮はいた。
「甲本さんは」
篠塚は、静かに言った。
「助けようとして、死にました」
「……はい」
「金松さんは、どうしますか」
◇
亮は、すぐには答えなかった。
十八人が待っている。この十八人は、亮と篠塚が二日かけて並べ替えた人間たちだ。彼らは亮の号令で半歩ずれるつもりでいる。
その号令が、雅人を殺すためのものになる。
「──篠塚さん」
「はい」
「甲本さんは、間違ってましたか」
篠塚の目が、わずかに動いた。
「……そうですね」
彼は、正直に言った。
「間違ってたと思います。あの人が生きてれば、二回戦はもっと楽だった。俺一人助けるより、そっちの方が何十人も助かる」
「じゃあ」
「でも」
篠塚は続けた。
「間違ってたから、あの人なんですよ」
亮は、篠塚の横顔を見た。
「俺は、正しい人と十二年やってきたわけじゃないです。損ばっかりする人と、十二年やってきたんです」
◇
「聞いてくれ」
亮は、十八人の前に立った。
「二時間後、俺たちは向こうの十八人と戦う。……昨日まで同じ部屋で寝てた連中だ」
誰も口を開かなかった。
「作戦は、向こうも全部知ってる。俺たちが教えたからだ」
何人かが、露骨に顔をしかめた。
「だから、勝ち方をひとつ変える」
亮は言った。
「当てて殺すのを、最後にする」
「……は?」
柔道の男が言った。
「どういう意味だ」
「ボールを、渡さない」
亮は、掌を開いた。
二日前、甲本拓海が同じ仕草をした。
「こっちがボールを持ってる間、誰も死なない。向こうが持てば、誰かが死ぬ。……なら、一度も渡さなければいい」
「渡さずに、どうやって勝つんだよ」
「勝たない」
部屋が、静まり返った。
◇
「時間切れまで、こっちがボールを抱え続ける」
亮は言った。
「あいつらが何を言ってくるかは分からない。ルール違反だと言われるかもしれない。制限時間があるのかも分からない。……でも、少なくとも、その間は誰も死なない」
「そんなの、通用するわけねえだろ」
「通用しなかったら、そのとき考える」
「無責任だな、あんた」
「無責任だ」
亮は認めた。
二日前、甲本拓海が同じことを言った。悪いと思ってる、本当に思ってる、と。
「でも、いま俺が出せる案は、これしかない」
十八人が、顔を見合わせた。
やがて、篠塚が最初に頷いた。
「乗ります」
「篠塚さん」
「俺、負けるのは慣れてます」
彼は、吊った左腕を持ち上げてみせた。
「勝つより、時間を潰す方が得意な選手っているんですよ。……甲本さんに、よく怒られました」
◇
移動の指示が出たのは、それから二時間後だった。
通路は、二日前と同じ匂いがした。埃のない、新しい建物の匂い。
第二区画の扉が開く。
窓のない部屋。学校の体育館ほどの広さ。床の中央に、一本の白い線。
二日前と、何ひとつ変わらない部屋だった。
違うのは、白線の向こうに立っている顔が、全部見覚えのある顔だということだけだ。
新しいゼッケンが配られる。
亮の胸には、XV1。
向こう側で、雅人が受け取ったゼッケンには、XY44と書かれていた。
◇
「よぉ、亮」
雅人が、白線の向こうから声をかけてきた。
その声は、驚くほど普通だった。
「なんか、変な感じだな。こっち側から見ると」
「……そうだな」
「甲子園の決勝、思い出すわ」
雅人は自分の胸のゼッケンを引っ張って、番号を確かめた。
「四十四だぜ。またこれかよ」
亮は、その顔を見ていた。
焦点は、合っている。
いまここにいるのは、雅人だ。
「なあ、亮」
「なんだ」
雅人は、へらっと笑った。
中学のときからずっと変わらない、腹が立つほど軽い、あの笑い方で。
「あの九回の続き、やろうぜ」




