↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/70

第十話 椅子

(グード)


 亮は、心の中で叫んでいた。


(今の、なんだ。あの人、二人に寄生されてるのか)


(違うよ)


 グードの声は、硬かった。


(一つの体に入れるのは、一人だけ。それは絶対の決まりなんだ)


(じゃあ、なんで)


(──喰ったんだよ)


 亮の背筋が、粟立った。


(あの人の中にいた子は、もういない。篠塚さんの中にいた子が飛び移って、そこにいた子を喰って、椅子を奪ったの)


 崩れ落ちた男が立ち上がる。


 その動きを見ながら、亮はさっきの光景を思い返していた。


 肩に置かれた手。糸の切れた人形のように落ちた体。あれは、寄生者が消された瞬間だった。


(同じ星の仲間だろ)


(うん)


(喰うのか)


(帰れるのは一人だけだから)


          ◇


 その一言に、亮は動きを止めた。


(……なんだって)


(言ってなかったっけ)


 グードは、悪びれもしなかった。


(このゲームで生き残って、恩赦をもらえるのは、キデ星人が一人だけ。二百人分の椅子があって、帰りの席は一つ。だから、みんな椅子を選ぶんだよ。少しでも強い椅子を)


 亮は、白線の向こうを見た。


 肘を耳の横まで上げた男。あの中にいる個体は、篠塚という最高の椅子を捨ててまで、こちらへ乗り換える判断をした。


 いや。


 捨てたのではない。


 壊したのだ。使えなくなるまで使ってから、次に移った。


(グード)


(なに)


(お前、狙われてないか)


          ◇


 沈黙が、長かった。


(……気付いちゃった?)


 グードの声が、いつもより幼く聞こえた。


(この部屋で、いま一番いい椅子は、亮くんだよ)


 亮は、自分の右手を見た。


(あの球を投げられる体。誰も避けられない、誰も捕れない球。……ここにいる誰よりも欲しい椅子だ)


(じゃあ)


(うん)


 グードは、あっさり言った。


(きみが強くなればなるほど、僕は喰われやすくなる)


 亮の指先が冷たくなった。


 この試合で、亮は四十人近い人間を殺した。そうしなければ味方が死ぬからだ。強くなるしかなかった。そうやって手にした力が、そのまま、頭の中にいるこの少年を殺しに来る。


(お前は逃げられないのか)


(逃げないよ)


 即答だった。


(僕、亮くんの中にいたいって言ったでしょ)


          ◇


「金松!」


 拓海の声で、亮は現実に引き戻された。


「篠塚が生きてる!」


 亮は白線の向こうを見た。


 倒れた篠塚は、うつ伏せのまま、わずかに背中が上下していた。左腕は不自然な角度に投げ出されているが、確かに呼吸している。


「息してる。……生きてるんだ、あいつ」


 拓海の声が震えていた。


「助かったんですね」


「ああ。……ああ」


 拓海は、拳を握りしめた。


 結果としては、彼の望んだとおりになった。篠塚から寄生者は離れ、彼は生きている。


 だがそれは、拓海の作戦が実ったからではない。相手が、より良い椅子を見つけただけだ。


「甲本さん、下がってください」


 亮は言った。


「相手が投げます」


「──金松」


 拓海は白線から目を離さないまま言った。


「あんたの肩、あと何球だ」


「……」


「正直に言え」


「五球です」


          ◇


 乗り換えられた男が、ボールを拾った。


 XW7。二十代後半だろうか。分厚い胸板をした、レスリングか何かの選手に見える男だった。


 彼は、ゆっくりとボールを持ち上げた。


 そして。


「ひさしぶりだねえ」


 喋った。


 亮は、思わず一歩下がった。


 篠塚のときは、一言も発しなかった。焦点の合わない目で、機械のように投げていただけだった。


 この個体は、違う。


 声には抑揚があり、口の端が持ち上がり、目が──こちらを見ていた。正確には、亮の目を通して、その奥を見ていた。


「久しぶりだ、グード」


 亮の頭の中で、グードが息を呑む音がした。


          ◇


「な……」


 亮の喉が鳴った。


「なんで、その名前を」


「おや、聞こえてるのか。……ああ、なるほど。共存型か」


 XW7は、心底おかしそうに笑った。


「宿主と喋ってるのか。ずいぶん退屈な暮らしをしてるね」


「金松、何を言われてる」


 拓海が小声で聞いた。


「──こいつ、グードを知ってます」


 部屋の空気が変わった。


「あの名前は有名だからねえ」


 XW7は、ボールを指で回しながら言った。


「処刑名簿から消えた子供。孤児院ごと処理されたはずなのに、一人だけ数が合わなかった。……あれは大騒ぎだったよ。管理局が半年、星中を探した」


 亮の心臓が、鈍く鳴った。


(グード)


 返事がない。


「なあ、そこの人間」


 XW7は、亮に向かって言った。


「あんた、自分の中にいるのが何なのか、知ってるのか?」


「……」


「そいつはね、生きてること自体が罪なんだ」


          ◇


「──投げるぞ!」


 拓海が叫んだ。


「全員構えろ! 右!」


 だがXW7は投げなかった。


 構えを解いて、両手でボールを持ったまま、亮に語りかけ続けた。


「提案がある」


「聞かない」


「まあ聞けよ。……その子を、こっちに渡せ」


 亮の指先が、ボールを握り直した。持っていないのに、握る動作をしていた。


「渡す?」


「そいつを外に出せばいい。宿主が拒めば、寄生者は出ていける。無理やりは無理だが、合意があれば簡単だ。……そうしたら、俺がそいつを喰う。それで終わりだ」


「終わり、って」


「あんたたちは殺さない」


 XW7は、当然のことのように言った。


「俺はもうこの体でこの試合を勝ち抜く必要がなくなる。強い椅子はいくらでもある。人間が何人生き残ろうと、俺には関係ない。……悪い取引じゃないだろ? あんたの後ろの四十四人が助かるんだ」


          ◇


 部屋が、静まり返った。


 亮は、後ろを見なかった。


 見なくても分かる。四十四人が、いま自分の背中を見ている。


 彼らには、この会話の半分しか聞こえていない。それでも、雰囲気で分かってしまう程度には、状況を読める人間たちだった。


「金松」


 拓海が、静かに言った。


「何を言われた」


 亮は答えなかった。


 頭の中で、グードが言った。


(──行くよ)


(は?)


(僕が出れば、みんな助かるんでしょ)


 声は、驚くほど平坦だった。


(僕、亮くんに十四年もらったから。空き地でずっと壁に投げてた子が、甲子園まで行ったの、僕、全部見てたから。……もう十分だよ)


(待て)


(ありがとう。亮くん)


「──ふざけるな!!」


 亮は、声に出して叫んでいた。


 四十四人が、びくりと肩を震わせた。


          ◇


「ふざけるな」


 亮は、白線の向こうを睨んだ。


「なんで俺が、お前の言うことを聞かなきゃならない」


「合理的だからだ」


「合理的?」


 亮は笑った。自分でも驚くほど、嫌な笑い方だった。


「さっきまで椅子を喰ってた奴が、取引の話をするのか」


「不服か」


「不服も何も」


 亮は、拓海に向かって手を出した。


「甲本さん、ボールを」


「金松、五球しかないって──」


「一球でいい」


 拓海は数秒だけ迷って、それから、ボールを亮の手に押し込んだ。


 亮はそれを握り、白線の向こうを見据えた。


 右足を上げる。肩が、悲鳴を上げている。指先の感覚は半分ない。


 それでも、十四年やってきた動作は、体が勝手に組み立てた。


「そいつは俺の中にいる」


 亮は言った。


「出ていくかどうかは、そいつが決める。お前が決めることじゃない」


 腕が、しなった。

続きを読みたいと思ってくれた方はブックマーク・感想をいただけると励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。