第45話:暴かれる秘密の帳簿と、「月次入力」
ロジスティクスの伝票管理、小切手による為替決済、魔導通信のログ。坂本がこの世界の仕組みに組み込んだ数々のシステムは、すべてが「情報の可視化」へと繋がっていた。ブラックボックスだった数字が透明化されたとき、これまで闇に隠されていた国家最大の問題が、必然的にその姿を現す。
深夜二時。蔵の立て付けの悪い木製ドアが激しく開くと同時に、アレンが、完全に目を血走らせた狂気すら感じる形相で滑り込んできた。その両腕には、これまでにないほどの大量の複写式小切手の控えと、魔導通信の取引照会記録の束が抱えられている。
「マスター……!大変なもの、見てはいけない国の闇が……すべて数字になって見えてしまいました……!!」
アレンは書類の山をカウンターに叩きつけると、激しく呼吸を乱した。額の脂汗を袖で拭うこともせず、机上の書類を指さす。
「これまでバラバラだった運送伝票、王宮が預かった小切手の流れ、そして水晶板の通信ログをすべて突き合わせて、東区画の大商人たちの動きをクロスチェックしたんです。……そうしたら、彼らが王宮に公式に申告している取引額が、実際の動いている流通量の『三割』しかなかったことが判明しました。残りの七割は裏で処理されている……。組織的に巨額の税金を脱税している証拠です……!」
インフラが整備され、データが揃ったことで、意図せずして国家規模の脱税が暴かれた瞬間だった。
「ほう。お主にしては、なかなかえげつない獲物を釣り上げたのぉ、アレン」
カウンターの端の特等席で、ふかふかの座布団に座りながら特製ブレンドを啜っていた大魔導士オルドが、長い耳をぴくりと揺らして邪悪に目を細めた。
しかし、国家の根幹を揺るがすスキャンダルを突きつけられた坂本は、驚くどころか、ただ静かにキーボードを叩く手を止め、フッと苦笑した。ぬるくなった麦茶を喉に流し込む。
「アレンさん、ひとまず落ち着いてください。データが整えば、そうした不正が見えるようになるのは、システムの必然ですから」
坂本は台所へ立つと、夜勤の胃に優しい熱々の梅お茶漬けをアレンの前に差し出した。
「さあ、これを食べて一度脳を冷やしてください。……実はね、私も今、日本側のネットショップの売上や、発送費用の領収書を、こうしてカチカチとパソコンの会計ソフトに入力していたところなんですよ。まだまだ先ですが、今のうちから毎月『月次入力』をコツコツ進めておかないと、来年の春の確定申告で本当に地獄を見ることになりますからね。数字をごまかさず、日々ホワイトに処理しておくのは、こちらの世界でも基本中の基本です」
「ま、マスターほどの御方でも、日々そんな細かく帳簿を……!?」
アレンは香ばしい出汁の香りが立つお茶漬けをハフハフと口に掻き込み、梅干しの酸味にハッと目を覚ましながら、坂本のリアルな日常の言葉に驚愕した。
「当然です。さて、王国の税制についてですが……これまでの王宮の徴税は、徴税官のどんぶり勘定や、武力を使った力ずくの取り立てでしたよね。だから商人は反発し、裏帳簿を作って資産を隠すんです。不公平をなくし、国の財政を健全化するために、ここから一気に【帳簿の提出による自己申告制】へ移行しましょう」
裏が白いチラシの切れ端を広げ、ボールペンで現代日本が誇る申告納税制度と複式簿記のロジックを鋭く書き出していく。
「アレンさん、脱税者をただ捕まえるだけでは、商人の反発で経済が冷え込みます。システム構築に必要なのは、隠すより正直に国に協力した方が得をするという設計――【飴と鞭】です。以下の三つの暫定パッチを財務部に組み込んでください」
一つ目、複式簿記の義務化。商人たちに、単なる売上の記録だけでなく、仕入れや御者の給与といった経費も左右対称に記録する複式簿記を義務付けます。嘘の帳簿を作ろうとしても、こちらには構築したロジスティクス側の配送伝票データがある。突合すれば一瞬で矛盾が出るため、言い逃れはできません。
二つ目、優遇措置の導入。国が指定する正確な帳簿を提出したクリーンな商人には、税金の特別控除や、王宮インフラ工事の優先入札権という強力なインセンティブを与えます。正直に申告した方が、裏でコソコソ隠すよりも圧倒的に合法的に儲かるシステムにするんです。
三つ目、税務監査チームの設立。それでもなお、甘い汁を吸おうと裏帳簿を作る悪質な脱税者に対しては、アレンさんの財務部直属の独立査察チームを送り込みます。小切手の流れと通信ログを根拠に、資産を即座に合法的に差し押さえて一網打尽にする。これで言い訳の余地を完全に潰します。
「ただ力で罰するのではなく、正確に帳簿をつければ国が特権を認める……!商人自身の損得勘定を利用して、自ら帳簿を出させる国税システムですか……!」
アレンは、お茶漬けの器を握りしめたまま、背筋が凍るほどの鳥肌を立てていた。
「ひっ、ひっひ!商人の強欲さすらも、国を潤すための歯車として術式に組み込むか!」
特等席のオルドが、深く煎った珈琲を喉に流し込みながら、愉快極まるといった様子で長い耳を震わせた。
坂本は、日本の税務署が使用しているフォーマットを異世界用に簡略化した簡易損益計算書の仕様書をアレンに手渡した。
「アレンさん、まずは上下水道工事に参入しているお抱えの大手建築ギルドの長たちを緊急招集して、この実験を始めてください」
翌朝、午前六時。深夜業務を終えた坂本は、液晶画面のなかで「未確定」の赤文字が並ぶ会計ソフトのダッシュボードを睨みつけていた。王国の脱税を暴き、飴と鞭の税制をブチ上げたところで、坂本自身の7月分の領収書の山が消えてくれるわけではない。経費の仕訳を一つ間違えれば、来年の春に税務署から「お尋ね」が来るのはこちら側だ。国家という巨大なインフラを回すため、誰もが数字をガラス張りにし、等しく血を流す。
「他人の裏帳簿を暴いてる場合じゃない。自分の足元を真っ白にしておかないと、真っ先にガサ入れを食らうのは私だ……」
坂本はキーボードを叩く手を止め、乾いた目をこすりながら冷めたコーヒーを喉に流し込んだ。窓の外からは、近所の燃えないゴミの集積所から、缶や瓶がゴミ回収車にガラガラと騒々しく吸い込まれていく音が聞こえる。どこまでも透明に管理された、ルール通りの現代日本の朝が、また始まろうとしていた。




