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第41話:混線する魔力と、「チャンネル(周波数帯)」

 JIS規格による資材の量産、ロジスティクスによる馬車の集約、小切手という金融インフラの誕生。現代日本のロジックを注ぎ込んだ王都の上下水道大工事は、かつてない速度で駆動していた。しかし、物理的なモノと金が動くスピードが極限まで跳ね上がった結果、次に悲鳴を上げたのは現場の「情報共有」のキャパシティだった。新たな問題が牙を剥く。


 深夜二時。キリッと冷え切った蔵の静寂を破り、立て付けの悪い木製ドアが勢いよく押し開けられた。


バタンッ!カランカランッ!


「マスター!助けてくれ、現場を効率化するはずの大魔法が、ただの騒音を撒き散らす呪いの板になっちまった!」

「マスター、もう耳が痛くて頭がおかしくなりそうなの……ッ!」


 アレンとピアが、何やら淡く青い光を不規則に点滅させている「水晶の板」を両腕に何枚も抱え、悲鳴を上げながら滑り込んできた。


「やかましいぞ、お主ら。せっかくマスターが夜を徹して冷たいお茶を淹れてくれたというのに、耳障り極まるわい」


 カウンターの端で、しるこサンドの袋を開け、齧っていた大魔導士オルドが、不機嫌そうに長い耳をぴたりと伏せた。安物の缶チューハイのストローを苛立ちまぎれに噛み潰している。


「アレンさん、ピアさん。ずいぶんと取り乱していますね。その水晶板が何か?」


 坂本はカウンターに積まれた水晶板を観察する。板からは、複数の人間の怒号や叫び声が「ザーザー」という耳障りな魔力の雑音と共に、混ざり合って漏れ聞こえていた。これではただの騒音発生器だ。


「これ、は……通信用の魔導具ですか」

「そうなのよ!」


 ピアが涙目でカウンターにしがみつく。


「現場の連絡を爆速にするために、安価で大量に作れる『音声伝言の魔導板』を開発してもらったの。これで東区画の各チームが瞬時に連携できると思ったのに……いざ使い始めたら、全員の声が、すべての板から同時に大音量で響き渡って大混信を起こしちゃったのよ!」


「俺のところの土砂が足りない!」「そこをどけ!」「おい、小切手の確認をしろ!」といった、数百人の現場の御者や職人たちの声が、一つの空間でぐちゃぐちゃに衝突している。情報共有のスピードを上げようとした結果、かえって現場が機能不全に陥るという、通信インフラの致命的な設計ミスだった。


 坂本は、コーヒーを口に運び、喉を潤すと、冷徹にその原因を切り出した。


「原因は極めてシンプルです。同じ魔力の波長を、全員が同じ空間で、同時に大声を上げて使っているからです。電波の【帯域チャンネル】を分けて管理していないんですね?」

「電波の、タイイキ……?チャンネル……?」


 アレンが呆然と首を傾げた。


「マスター、魔法の通信とは、空に向かって魔力の声を叫び、それを互いの板で拾い合うものです。同じ空を使っているのだから、声が混ざるのは仕方のないことでは……?」

「仕方のないことではありません」


 坂本はノートを開くと、ボールペンでテレビやスマートフォンの電波、そして無線の「周波数帯」を表す、細かく区切られた階段のような図を描き出した。脂ぎった鼻の頭をクシャクシャのティッシュで拭う。


「アレンさん、ピアさん。空は無限じゃありません。国が厳格に管理すべき【有限の資源】です。私の世界でも、警察、救急車、テレビ、ラジオ、一般の携帯電話が毎日無数の情報を飛ばしていますが、絶対に混信しません。なぜなら、国が『この数字の波長は警察専用』『この数字は一般のラジオ用』と、目に見えない空の帯域を完全に切り分けて割り当てているからです」

「空を、数字で切り分ける……!?」ピアが図面を食い入るように見つめる。

「ええ。今のあなた方の通信は、一つの小さな部屋で、数百人がメガホンを持って同時に自分の名前を叫んでいるのと同じです。聞き取れるわけがありません。今すぐ、以下の3つの暫定パッチを当ててください」


 一つ目、魔力波長の『割り当て』の導入。水晶板の魔力同調率を少しずつズラし、用途に合わせて明確に3つの帯域チャンネルに分離します。波長A:給水馬車・緊急連絡用(最優先回線)波長B:上下水道の建築ギルド・現場作業用波長C:アレンの財務部・小切手データ照会用これで現場の雑音によって緊急連絡や金融決済の通信が潰されるのを物理的に防ぎます。


 二つ目、通信規約プロトコルの徹底。「おい誰か聞け!」といった雑な通話を一切禁止します。「こちら東区画・ガラム。西区画のピア、応答せよ、どうぞ」というように、【発信元・宛先・通話終了の合図】の定型句を現場の運用ルールとして義務付けてください。無駄な占有時間を減らすためです。


 三つ目、簡易暗号化ルールの設定。財務用の波長Cは、大商人のスパイなどに盗聴されて小切手の偽造や不正照会をされないよう、私が日本で使っていた簡単な数字の置き換えキーを導入し、データにロックをかけます。


「通信とは、ただ遠くに声を届ける魔法ではない……。国が交通整理をしなければ機能しない、目に見えない『情報のインフラ』だったのね……!」


 ピアは、日本の『通信規格』の底知れない思想に、腕の皮膚が粟立つほどの衝撃を覚えていた。


「ひっ、ひっひ!空間の波長すらも国が所有し、切り売りして統制するか!」


 特等席のオルドが、今度はしお味のポテトチップスのジャンクな旨味に喉を鳴らしながら、狂おしいほど愉しそうに笑った。


「ええ。ですが、最初から完璧な通信網を作るのは不可能です。ピアさん、まずは実験として、明日の朝から、東区画の現場の主要な3チームだけに別の波長を割り振って『ユーザーテスト』を行ってください」


 翌朝、午前六時。深夜業務を終えた坂本は、枕元で静かに電波を拾い、正確な時刻とニュースを表示しているスマートフォンを眺めていた。どこにいても世界中のネットに繋がる、日本の当たり前な空気のような通信環境。


「この裏には、目に見えない周波数帯の奪い合いと、それを管理してきた途方もない歴史があるんだよな……」


 国中の魔導具が一晩で変わるわけではない。しかし蔵を出たピアは、徹夜で水晶板の魔力回路を弄り、泥にまみれた手で三つの「チャンネル切り替えスイッチ」を取り付けた試作機を完成させていた。文字通り、異世界の「通信の夜明け」をその手につかみ、東区画へと走り出すのだった。坂本は手元の冷え切ったコーヒーを飲み干し、喉の奥に残る苦味を感じながら、ゆっくりと重い瞼を閉じるのだった。

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