観測者③
観測者について話している内に、気付けば辺りは夕暮れに染まっていた。
研究会で過ごす時間は、妙に短く感じられてしまう。
香月先輩と朝山先輩は隣町から通学しているため、活動後はバス停方面へ向かう。
一方で、俺と神崎は徒歩圏内だ。
だから自然と、帰り道は二人になることが多かった。
校門を出ると、夕日が街全体を橙色へ染めていた。
「皆には感謝してる。あの実験のおかげで、観測者の正体を解明するという私の目的に、かなり近づけたんじゃないかなって思うから」
確かに、観測者について判明した事実は多いだろう。
今回の実験結果は、その正体を解明するための足がかりとするには、及第点といった所ではないだろうか。
とりあえずは、一歩前進したと言える。
神崎もそう思っているから、満足そうにしているのだろう。
俺は今回の結果を受け研究会のメンバーで考察を重ねていけば、やがて観測者の正体を解明出来る日が本当にくるのではないかと、そんな気持ちにさえなっていた。
しかし、現時点においては、その存在の正体は未だ分からぬままだ。
「考えれば考える程に、訳の分からない存在だよな。この観測者ってやつは」
隣を歩きながら、俺の言葉にコクリと頷く神崎。
俺の言葉には全くもって同意だと、その目が告げていた。
「見ているのに、視覚から情報を得ていないっていうのが、一番意味が分からん。じゃあ、何で見ているんだよって話だろ」
「岩倉君の顕在意識を読み取れるのであれば、そもそも見る必要はない。視覚から得た情報の処理については、岩倉君に任せれば良い。だというのに、観測者はこちらを見ている」
「……観測者は、窓越しに香月先輩の姿を見たんだよな?」
「うん。あの日は外が暗かったから、反射した姿は私達にもハッキリと視認できた」
「うーん……そもそも、人間とは構造が違うって可能性はないか?」
「というと?」
「つまり、《《人間の目は窓に反射した姿を視認できるようになっている》》けど、観測者は直接的にでないと見えない目の構造になっているんじゃないかなって。鏡や窓に映った姿は、見えないようになっているっていう可能性だ」
「その可能性は、あるかも」
「もしかしたら、そもそも目なんて物は無い可能性もあるよな。俺達の理解の範囲を超えている存在であるなら、俺ら人間に備わっている目という器官とは違う、想像も出来ないような別の器官を備えた何かから視線を送っているのかもしれない」
「なんか、ゲームに出てくるクリーチャーみたいなのを想像しちゃった」
「……俺も」
少しだけ空気が緩む。
けれど次の瞬間、また妙な沈黙が落ちた。
観測者。
その存在を、俺たちは半ば当然のように話題にしている。いつの間にか、いる前提で考え始めている。そのこと自体が、少し怖かった。
「なあ、神崎」
「なに?」
「もし本当に観測者の正体が分かったとして、お前、どうしたいんだ?」
神崎はすぐには答えなかった。
数秒考えるように黙ったあと、ぽつりと呟く。
「普通に、話してみたい」
「……話す?」
「うん」
その答えは、予想していたよりずっと普通だった。
「なんで見てるの、とか」
神崎は指を折りながら続ける。
「私たちを見て、どう思ったの、とか」
夕日に照らされた横顔は、妙に穏やかだった。
「貴方は何が好きなの、とか。私はこういう人間だよ、とか。そういう話」
まるで……。
遠くにいる誰かとの再会を夢見ているみたいだった。
「相手が、変なクリーチャーみたいな見た目でも?」
「うっ」
神崎が露骨に嫌そうな顔をする。
少し間を置いてから、小さく唸った。
「うう……それでも」
「頑張るんだ?」
「頑張る」
真顔だった。思わず吹き出しそうになる。
「なんだよそれ」
「でも、気になるから」
神崎はそう言って、空を見る。
夕焼けの色が、その虹彩へ溶け込んでいた。
「ずっと見られているのに、相手のことを何も知らないのって、少し怖い」
その言葉に、俺は返事ができなかった。
神崎の言う怖いは、単なる恐怖だけじゃない気がしたからだ。
不安。
興味。
期待。
色々な感情が混ざっている。
俺にはそれが、見えてしまう。
「……でもさ」
俺は何となく言う。
「もし観測者が、本当に俺たちとは全然違う存在だったら、会話なんて成立しないかもしれないぞ」
「それでもいい」
神崎は即答した。
「見られているだけよりは、ずっといいから」
その横顔を見て、俺は少しだけ息を呑む。
ああ、彼女はきっと、理解したいんじゃない。
繋がりたいんだ。
たとえ相手が、理解不能な何かだったとしても。
夕日を浴びながら歩く神崎の横顔は、少しだけ寂しそうで、それでも未知への期待に対する喜びのような色も含んでいて。
だから俺は、不覚にも。
こいつのことを、少し可愛いと思ってしまった。




