朝山妃那美の研究①
万物研究会への入会が決まった日から数日が経ち、翌週の月曜日。
予想通りではあったが、バスケ部に俺を誘ったクラスメイトからは、香月先輩との関係について教えろと詰められた。
面倒だなと思いつつも、とある会へ入会する事になり、彼女はその会の会長であることを正直に伝えた。
最初は興味を持ったクラスメイトだったが、活動内容について説明すると彼はつまらなそう、モテなさそうという感想を残し、すぐに興味を失ったかのように話題を転換させた。
変な波風が立たなかったことに、俺はとりあえず一安心だった。
その日の放課後、クラスの女子と会話をしている神崎の姿を尻目に、俺は学生鞄を片手に部室棟の方へと足を向けた。
連絡先を交換した香月先輩から、研究会に顔を出すようにとお呼びがかかっていたからだ。
基本的に平日の放課後、時間がある時には研究会に顔を出してほしい。
決して強制ではなく、バイトや他の部活といった別の用事を優先しても良い。
ただ、私が寂しいから最低でも週に一回は顔を出してほしい。
それらが、香月先輩から言われている言葉だった。
部室棟へと入る間際、知っている顔がその先にあった。
向こうも俺の存在に気づいたらしく、その場に立ち止まっては嬉しそうに相好を崩す。
まるで俺にここで会えた事が嬉しいと言っているような、そういう仕草で笑顔を見せるのは卑怯だよなと思いながら、俺は待ってくれている彼女に一礼して距離を縮めた。
「岩倉君、やほー」
そうやって軽い感じで挨拶してくれたのは勿論、朝山妃那美先輩その人だった。
向かう先が同じ場所だということは、お互いに分かっている。
俺と朝山先輩は、自然と横に並んで一緒の目的地へと歩を進めた。
「わー、こうやって並んでみると分かるけど、岩倉君って背高いねー。私と頭一個分くらい違うかなー?」
「……そうですかね? 俺の身長は丁度、高校一年生の平均くらいだと思いますけど」
「え、そうなの? でももっと高く見えるよねー。あれかな? スタイルが良いから? スラっとしてるから、そう感じるのかもー」
「スラっと……してますかね?」
「うん、してるー。スラっとしていてかっこいいなーって思う」
こういう所だ。
香月先輩が言っていたのは、きっとこういう所だ。
「小夜子や岩倉君みたいにスラっと背の高い人って、モデルさんみたいで羨ましいなー。私なんてほら、背ちっちゃいし胸ばかり大きくなって肩もこるし、もう嫌になっちゃう」
「む……ね……」
俺は内なる欲求に従い朝山先輩の方へ動こうとしている眼球を、無理やり首を反対方向へと向ける事で回避した。
やはり、この人は危険だ。
話していると、得体の知れない引力のようなものに吸い込まれていきそうになる。
無心だ。
無心になる必要がある。
壁のシミを数えよう。
「あれ? 岩倉君……なんで、そっち向いてるの?」
「えっと、あれです。なんか虫がいたような気がしたので」
「うぇ! 虫嫌だー! どこー!」
やり過ごすために、適当な嘘を吐いた事が仇になった。
俺の腕が、何か柔らかい物に包まれている感覚がする。
まさか、これは……。
「私、霊感とかあるから幽霊とか平気だけど虫は無理! 虫は無理なの!」
「いや、すみません、見間違いでした! 見間違いだったので放してください!」
「え? あ、見間違い? なんだー、良かったー」
本当に心から安心したような声と共に、朝山先輩から感じられていた柔らかな感触が離れていった。
「……なにしてるの?」
落ち着いたのも束の間、背後から冷たい声がして振り向く。
いつのまにか背後に立っていた神崎が、冷めた目線をこちらに向けていた。
「あ、神崎さん。やほー」
すぐに平常時へと戻った朝山先輩に対し、一礼する神崎。
その後、こちらに何か言いたげな視線を向けてくる。
「なんだよ?」
「別に、なにも」
俺への興味をなくしたかのように顔を背けた神崎が、先を歩き始めた。
俺と朝山先輩が、神崎の後に付いていくような形になった。
朝山先輩と会ってからたった数分の出来事だったのに、何だか俺はどっと疲れたような気がして、思わず小さな溜息が漏れるのだった。




