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商人の男と貴族の女ーー婚約破棄から始まる成り上がり――  作者: 葉月奈津・男
【女将軍】編~戦場に立つ資格~

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第4話 猟師は猟犬を御して獲物を獲る ~後編~

4/5

 


「ご足労、大儀である」

 背もたれの大きな椅子に座ったまま、シャリィアが頭も下げぬまま、そういった。

 こちらを見もしなかった。

 言葉は確かに丁寧だが、まったく歓迎していないことがわかる。


 20代半ば。

 国軍を預かるには若すぎるが女ながらに背はカロスタークより高く、鍛えられた筋肉のおかげでがっしりとした体が目を引いた。

 偉丈夫とは、こういう人物を指す言葉なのだろう。


「用件を聞こう」

 内容はすでに承知だろうに、そんなことを言ってくる。


「帝国軍が侵攻を開始、これの迎撃を第三軍に要請したい」

 宰相からの下命状もあるので、命令してもいいがここは『要請』とした。

 なるべく反発は避けたいところだ。


「要請か」

 ククッ、と喉の奥で笑いシャリィアは初めてカロスタークを見た。


「伯爵などと言う割には弁えていて偉いな。褒めてやるぞ」

 完全に上から目線で、そんな言葉が投げかけられた。


「っ!」

 反射的に動きそうになったセザールを、カロスタークは腕を掴んで止めた。

 ここでケンカしてもしょうがないのだ。


「飼い犬の躾は少々甘いようだがな」

 吠えかかりそうになったことを言っている。

 つまり、『犬』とはセザールのことだ。


「まぁよい。宰相閣下の命令でもある。動くとしよう」

 カロスタークの存在を歯牙にもかけない態度で、シャリィアが言う。


 第三軍の出撃が決定した。



 八日間の行軍の末、ミヌミエーラ男爵領の中心となる街へと到着した。


 国軍を束ねるのはシャリィア・ド・マクロン将軍だ。

 名前でわかる通り、貴族の出身。

 実家は侯爵家である。


 女性でありながら、勇猛果敢な戦いぶりで軍務省の評価が高い。

 援軍の国軍3万を率いる総司令官として派遣された所以である。


 宰相はそう評していたが、実態とは乖離しているとカロスタークは感じている。

 試験問題は解けるが、実社会での役立てる能力に乏しい。

 そんな気がするのだ。



「気前の良いことだ」

 シャリィア総司令官は呆れを隠さなかった。

 各地を奪われつつ逃げ伸びたミヌミエーラ男爵領貴族軍を蔑んでいるのだ。

 気前がいいというのは領地の三割ほどを一戦もせず明け渡したことを指している。


「司令官殿の手柄としていただければと思いましてね」

 蔑まれていると承知の上で、カロスターク笑みを絶やすことなく司令官を持ち上げる。

 戦わず逃げの一手、これを指示したのは自分だ。

 だから、自分はなんと言われようとかまわない。


 どれほど馬鹿にされようと、第三軍を戦力として利用する。

 それがカロスタークの考えだからである。



 この町へ来るまでの道中も、常に側にいてご機嫌取りに勤しんできた。


 合流してからの道中。

 カロスタークは伯爵でありながら、ほとんど将軍の小間使いだった。


 喉が渇いたと言われればお茶を入れ、肩が凝ると言われれば肩を揉んだ。

 食事時には将軍のみならず、幹部たちにまで給仕のごとく使われた。


 もちろん、一度は身分について思い出させようとしたことはある。

 どうなったかと言えば、行軍が二日も遅らされた。


 表向きは天候を見るためだが、明らかに当て付けだ。

 これは困るので、その後は身分のことはそっちのけで働いてきた。


「廃爵寸前で首の皮一枚繋がった男爵に、商人風情が成りあがった伯爵か」

 くだらん、と見下ろすシャリィア。


「なんにせよ。戦のことなどわからぬだろう。引っ込んでいるがよい」

 出迎えたミヌミエーラ男爵のことを一顧だにせず、それだけ言うと自身の陣屋へと引っ込んでいく。

 町に入るのもいやらしく、国軍は町の外で野営の準備を始めていた。


「戦果を期待します」

 反論しても意味はないだろうが、唯々諾々としているのもモヤる。

 カロスタークは嫌味にならない程度に抑制した声音で、言葉をかけた。

 言葉面はともかく、内心に秘めた意味は『そこまで言っておいて、苦戦すんなよ!』だ。


 そのことに気が付いたかどうか、シャリィアは振り返った。


「任せておくがいい。君らは邪魔さえしないでくれればいいのだ」

 フン。ふんぞり返って鼻で笑った。

 マウント取りが見え透く態度が目に余る。


 だが、カロスタークは『営業スマイル』を崩すことなく対応してのけた。

 命がけの戦場に立ってくれる。

 文句はなかった。


 下手に出てあげるだけで、気分良く戦ってくれる。

 それもタダで。

 嘲笑を浴びるくらい、どうということはない。


 学院に行くことになるまでは一欠けらのパンのために、なにを言われても、なにをされても、働かなければならなかったものだ。

 殴られるわけでも、蹴飛ばされるわけでもない。

 上から目線でバカにされるだけ。


 かつての上司は自分では働かず、文句を言いながら他人を動かす。

 指示という名の命令をしながら殴り、文句を言いながら蹴っていた。


 それが今。将軍閣下は卑屈を演じてあげるだけで、機嫌よく働いてくれる。

 むしろ、ありがたい性格をしていると言えた。

 あとは、そこそこ苦戦して、最後に勝ってくれれば言うことはない。


「せいぜい、痛い目に遭って帰ってくるがいいさ」

 後ろ姿に毒を吐くカロスタークだった。



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