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商人の男と貴族の女ーー婚約破棄から始まる成り上がり――  作者: 葉月奈津・男
【アンヌ】編~枯れた花から種を得る~

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第12話 枯れ花から種を得る

6/6

 

 


「申し訳ありませんでした」


 シエルアージュ侯爵別邸では、アンヌの謝罪で迎えられた。

 床に膝をつき、膝の前に置かれた指は三本が奇麗に揃っている。

 いわゆる『三つ指をつく』の姿勢だ。


 古い時代ならともかく、今日ではしきたりを重んじる家の女性が『嫁いり時の挨拶』ですることがあるくらい。

 そう考えて、カロスタークは少し笑ってしまった。

 笑えるような場面ではないから、真顔で耐えているが顔の筋肉が痙攣濾しそうなほど震えている。

 頭を下げているアンヌには見えないのが救いだ。


 アンヌの背後にいる人物には丸見えで、少し呆れられてしまっている。

 セザールとフランソワが、アンヌを今にも絞め殺そうかという雰囲気で立っているのだ。

 左右後方から睨みを利かせている。


 肉体的な責めはしていないと思うが、精神的には相当に追い込んでいるように見えた。

 自分たちが就くはずだった立場に就けたにもかかわらず、この失態。

 許せるものではないのだ。



「なにが悪かったと思う?」

 なにについて謝罪しているつもりなのか。

 まずは確認だ。


「嫁いだ身でありながら、旦那様を蔑ろにして友人との交流を優先したことです。結果、よからぬ遊びに引き込まれてしまいました」

 スラスラと言葉が出てくる。

 セザールとフランソワによる尋問で、繰り返し口にしているのだろう。


「お仕えすべきは、何より優先すべきは旦那様だと遅まきながら気が付きました。これからは何事であろうとも旦那様を、カロスターク様を中心に行動してまいります」

「まだ、妻でいられるつもりなのか?」

 それが前提になっていないかと指摘してやる。

 宰相府での話は知らないはずだから、まだ彼女の中には『離縁』の目も残っている状態なのだ。


「今後は、この身の全てにかけてカロスターク様に尽くしてまいります。何卒、御慈悲をいただけますようお願いいたしたく」

 額が床につくほど、いや、押しつけてまで頭を下げている。

 奇麗に揃っていた指が崩れて、プルプルと震えていた。

 このあとの返答しだいで、自分と実家の運命が決まることを理解しているのだ。


 正直、『ふざけるな。他人の手垢がついた女なんていらん!』とでも言って頭を踏みたい気持ちもあった。

 手垢どころか、別のモノでも汚されているに違いない。

 外のみならず、中も。


 そう考えると嫌悪感が湧き上がりもする。

 だが、この女のおかげで伯爵になれると思えば多少は治まらなくもない。


「はぁ」


 カロスタークは溜息を吐いた。

 下げられたままの後頭部を見下ろして声をかける。


「もういい。顔を上げて立て」


 ビクリ!


 アンヌの全身が震えた。

 『実家へ帰れ』。

 そう言われるかと怯えているのだ。


「アンヌ・カロ・レッドルア伯爵第三夫人」

 非公式ながら定まった、彼女の新たな名前を呼んでやる。

 腐っても貴族家令嬢なら、これだけで裏の意味を理解できるだろう。


「あ——」

 理解できたようで、ようやく顔を上げた。

 赤くなった額がちょっと痛々しい。


「三か月の間。修道院での奉仕活動を命じる。心身を清めてこい」

 のろのろと立ち上がるアンヌに、冷たく罰を言い渡した。


「は、はい。温情に感謝いたします」

 深々と頭が下げられる。

 声は涙で濡れ震えていた。

 アンヌとの関係は帰ってから、再構築となるだろう。


「ああ。一応聞いておくが、なぜ三か月という期間なのかはわかるか?」

 通常であれば、一月が相場なのだ。

 修道院での奉仕活動というのは。


「い、いいえ。愚かな私には考えつきません」

「そうだな。それがわからないほど愚かだから、『遊び』と言えるのだろうからな」

「え?」

 本当に分かっていないらしい。

 赤い目を彷徨わせている。


「妊娠でもしていたら困るからだよ」


「ぁ!」

 目を見開いて、仰け反った。

 慌てて下腹部に手を置いている。


「こ、こど、子供—————」

 絶句した。

 家を、家系を、血筋を重んじる貴族家での『非嫡子』。

 絶対にありえない。

 十数年前まで不義密通が死罪だった理由である。


「万が一、妊娠していたら最悪は堕胎させるからそのつもりでいるように」

「っ、はい」

 カロスタークの子供という可能性も否定できないから『最悪』は、だ。


 産まれてから『嫡出判定』の魔法で父親を確定させる必要が出る。

 そこで、父親がカロスタークではないとなれば・・・どうするか。

 産まれてから考えることになるだろう。

 その結果で『誰』が父親と出るかにもよるからだ。



「おめでとう」

「おめでとうございます」

 真っ青な顔をしたアンヌを自室に下がらせると、セザールとフランソワが祝辞を述べた。

 伯爵内定を察してのものだ。


「第一夫人だったアンヌの、最初で最後の功績だな」

 暗に『離縁』ではなく『再構築』である理由を伝えておく。


「ああ」

「そういうことですか」

 わかったようだ。

 納得の声を上げている。


 そのあとは、二人とささやかな祝宴を開いて盛り上がった。





 3カ月後。

 カロスタークはレッドルア伯爵となった。

 領地も増え——モンモラシー男爵領とミヌミエーラ男爵領を合わせれば——王国北西部は実質的にカロスタークの手中へと収まることとなる。


 さすがに今回は国王からも宰相からも、『働け』は出なかった。

 どちらも、少々バツが悪そうにしていただけだ。


読了・評価。ありがとうございます。


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主人公はいつになったらまともな妻を迎えられるんだよ
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