第8話 花咲く中に嵐が来る ~後編~
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カロスタークが向かったのは、何度か足を運んだことのあるカフェだった。
表通りから一本奥へ入った道沿いの店だ。
貴族用の店でありながら、ひっそりとたたずむ隠れ家的な店である。
平屋で手前に庭を配していることにより極力目立たないようになっていることから、夜には秘密の会合が開かれたりもするとかの噂もあったりはする。
だが、この時間であれば高級なカフェでしかない。
店内はさほど広くない。
狭いということでもない。
ただ、数人で囲めるテーブル席を木製の仕切りが囲んでいることで実際より狭く感じるのは否めない。
利用客のプライバシーを守ることに特化した店なのだ。
行く先々で堅苦しい挨拶を交わすことになる貴族が、家以外でくつろげる稀有な存在となっている。
コーヒーと焼き菓子のセットを注文して、さっそく仕切りの中へと身を隠した。
こんなところで、他の貴族と鉢合わせなんてしたくない。
席への案内はスタッフがしてくれるので安心だ。
クッションの利いたイスに深く腰を下ろして、息を吐く。
静かな空間で、穏やかに一息入れるのだ。
注文したものが届き、コーヒーの香りを楽しみながら焼き菓子を口にする。
まったりしたひと時。
残念ながら、そんな時間は長く続かなかった。
「相変わらず、客のいない店ね。なんで潰れないのか不思議だわ」
ゆったりとした時間を過ごして、殺伐とした思考を鎮めていたカロスタークの耳に女性のものらしい高い声が突き刺さった。
人の気配を感じさせない店内であるせいか、誰もいないと思われたようだ。
店員の案内を拒んで、ズカズカ入り込んだらしい。
無遠慮な会話が否応なく耳に届いて煩わしく思う。
咳払いでもして存在を主張しようか?
そう考え、実行しようとした矢先。
聞き流せない単語が聞こえてきた。
すなわち『レッドルア子爵夫人』と。
「?!」
カロスタークは息を顰め、聞き耳を立てた。
「やめてよ。こうやって抜け出しているときにまで家名なんて聞きたくない。夫人とか最悪よ」
「でも、夫人でしょ?」
「そうだけど、なんか老け込みそう」
「ああ、それはわかるかも。呪われそうな響きみたいな?」
「それよ、それ!」
ゴクリ!
カロスタークの喉が鳴った。
もう一人が誰なのかはわからないが、会話している一方の正体はわかる。
わかりたくなかったが、わからないではいられなかった。
なにせ、自分の妻なのだ。
アンヌ・カロ・レッドルア子爵夫人である。
もちろん、おかしなことではない。
午後のひと時を、友人と過ごす。
誰でもすることだ。
そんなささやかな息抜きに目くじらを立てるほど、カロスタークは厳格な夫ではない。
むしろ、自分が留守中にこうして出歩けていることにホッとした。
屋敷に閉じこもっているのではないかと不安を感じていたからだ。
貴族家に限らず一般家庭においても、家に束縛された夫人がストレスを溜め込み心身を病むことがある。
レッドルア家では特に、カロスタークが留守になることが多いことから気になっていた。
だからこそ、家の外へ連れ出そうとしてもいたのだ。
職場であっても、家に閉じこもるよりはよかろうと。
だから、安心した。
安心して、このひと時を邪魔しないようにしようと考えた。
なるべく早く店を出ようと、テーブルの焼き菓子をまとめて口に放り込む。
その時だ。
聞き捨てならない言葉が耳と脳を貫いたのは。
「他の男としてきたばかりだし?」
「げ、下品な言い方しないで。してきたとか!」
「言い方変えるって・・・楽しんできたばかりとでも言えばいいの?」
「それもちょっと」
「なら、ハメてもらった?」
「ちょ!」
アンヌの慌てたような声がしたが、女は笑い声を上げた。
「午後からも楽しむんでしょ? いまさらいい子ぶらないでよ」
カロスタークの顔から表情が消えた。
聞き間違いではないし、内容からして勘違いや誤解だとも思えない。
『アレ』のことを話している以外ないだろう。
そっと仕切りから出て、店員の許へ向かう。
カロスタークに気が付いた店員が、歩き出そうとするのを手で制してだ。
「人を借りたい」
小声で話せる間合いにまで近づくと、言葉少なにそう告げた。
「どのようなご用向きでございますか?」
店員は心得顔で、それだけを聞いた。
貴族に用を言いつけられるのはよくあることなのだろう。
「『貴族院』にメッセージを頼みたい。諜報部の人員を回して欲しいと。私は、レッドルア子爵だ」
議長には貸しがある。
すぐに動いてくれるだろう。
「承りました」
「頼む」
銀貨を数枚握らせて、カロスタークは席に戻った。
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