第7話 花咲く中に嵐が来る ~中編~
1/6
数か月が過ぎようというところで、事態は急変することになる。
始まりは東部へと『行速』道路を伸ばす現場に立つカロスタークの許へ、宰相からの急使が訪れたことだった。
「王都へ戻れ?」
「火急の用、是が非でも連れ帰れと厳命にて。ご同行願いたい」
切羽詰まった使者の様子を訝しく見たカロスタークだったが、答えは決まっている。
「わかりました。宰相閣下がそこまで急いでおられるのであれば否やもない。帰りましょう」
最寄りの教会から『早馬』で王都へ戻り、宰相府へと向かう。
『早馬』は金がかかるため、同行するのはセザールだけだ。
「来たか」
宰相の執務室へ通されると、宰相は難しい顔で何かを見ていた。
「急ぎの用とのことですが、何事でしょうか?」
「まぁ、座れ」
いつものソファを勧められ、カロスタークも腰を下ろした。
自然、眼下に広げられたものに目が落ちる。
「地図ですね」
ローテーブルに広げられていたのは、王国の西を中心とした地図だった。
ただし、カロスタークが毎日のように見ている王国内の地図ではない。
隣国についても記されている世界地図だ。
国家機密級の代物である。
安全保障の観点から、閲覧に制限のあるA級文書指定されるもの。
「わ、私が目にしてよいものではないようですが?」
慌てて目と顔を逸らして、カロスタークは確認をとった。
見ただけで斬首とは言われないと思いたいが、ないとも言えない。
全身から汗が噴き出している。
「かまわん。どのみち、いやでも見てもらうことになる。おそらくだがな」
「それはどういうことでしょうか?」
「帝国に軍事侵攻の気配がある」
「帝国が?!」
軍事侵攻。
それはつまり、王国へ攻め込んでくるということ。
「間違いないのですか?」
誤報ではないかと、わずかな可能性を口にしてみるが、カロスタークもわかっている。
間違いではないのだと。
宰相の下にまで話が来ていて、カロスタークを呼び寄せているのだ。
裏取りは十二分にされていると見ていい。
「まだ準備段階だとの分析が軍務省から届けられている。いまいま攻めてくることもなかろうが、いずれは来るであろう」
「外交上の駆け引きということはないのですか?」
戦争をする姿勢を見せておいて、王国に何らかの譲歩を求める。
そんな可能性はないのだろうか?
「現状、帝国との間で政治的な駆け引きが発生するような案件はない。帝国が攻め込んでくるのなら、それは領土の拡大を目的としていると見るほかないのだ」
一縷の望みも絶たれた。
戦争が始まる。
「モンモラシー男爵領かミヌミエーラ男爵領になるのでしょうね」
帝国と最も広く接しているのが、この二つなのである。
狙われるとしたら、このどちらか、または両方だ。
「おそらくはな。そこで、子爵には防衛策を考えておいてもらいたい。侵攻があっても、多少なりと足止めができるようにな」
ムチャいうな!
こっちは商人だぞ!
そう言いたい。
しかし、言えるわけがなかった。
カロスタークも今や子爵なのだから。
『準男爵』ではないのだから。
「王国軍は動いてくださるのですよね?」
「むろんだ。だが、現実に侵攻があってからの話となる。事前に動くことはできん」
「クッ!」
やはりか! そんな思いがある。
カロスタークは拳を握り締めた。
外交問題になりかねないから、先に兵を動かすわけにはいかないのはわかる。
わかるのだが、理性ではなく感情が納得しない。
「わ、わかりました。なにか策を考えてみます」
「頼む。この地図は持って行け。なにかの役には立つだろう」
「ありがとうございます」
地図を受け取り、カロスタークは宰相府を辞した。
とんでもないことが起ころうとしている。
暗鬱たる気持ちで、歩き出した。
後ろに、外で待っていたセザールが付く。
「フランソワと共に、モンモラシー男爵領とミヌミエーラ男爵領の防衛設備の点検を行ってくれ」
「防衛? まさか?!」
「そのまさからしい。頼むぞ」
「すぐに取り掛かります!」
有能な副官の顔で敬礼して見せるセザールを見送る。
すっかり副官が板についているようだ。
「さて、どうするかな?」
セザールとフランソワは、すぐにでも現地に赴くだろうし、戻ったらすぐに結果を知りたいカロスタークとしては、工事現場に行くわけにもいかない。
行動を迷いもする。
「とりあえず、コーヒーでも飲むか」
重い情報を聞かされて、精神的な疲労感がある。
一息入れるべきだった。
「着替えを用意するべきだったな」
自分を見下ろして溜息を吐く。
宰相府に入るため、貴族の正装を着ているのだ。
この服装で入れる店となると、かなり限定されてしまう。
貴族相手に商売をしている店にしか行けないが、そういう店は王都といえども多くはない。
まして、昼を過ぎたばかりとなるとなおの事少なくなる。
かといって、工事現場で着ていた服となると、作業服。
入れる店は格段に増えるが、質は格段に下がってしまう。
「仕方ないか」
貴族なのは事実なのだ。
振舞も合わせるべきだろう。
読了・評価。ありがとうございます。




