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商人の男と貴族の女ーー婚約破棄から始まる成り上がり――  作者: 葉月奈津・男
【エルザ】編~蜜なき花に、蜂は寄らず~

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第6話 ネジを緩めて締め直さず

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 ————数年前のこと——————。


 『王立学院』にて。

 とある女子生徒が困惑していた。


「えっと。何か御用でしょうか?」

 突然、目の前にクラスメイトの女子が立ちはだかったのだ。

 女子の寄宿舎にある鏡張りの玄関ホールでのことだ。


「貴女。最近ピエール様と親しくしているそうね?」

「え? ええ。先日縁がありまして婚約しましたから」

 家同士の結びつきを強めるための縁組だ。


 ただし、この女子と相手のピエールは幼馴染も同然。

 幼い頃からの知り合いで、気心も知れている。

 どちらも、親から婚約者が誰かを聞いて喜んだ。

 何も問題はないはずである。


「勘違いしないでくださいます? ピエール様は親同士の決め事だから、仕方なくあなたと婚約したのです。好きで婚約したわけではありませんのよ!」

「は? いえ、ピエール様からも直接・・・」

「黙りなさい!」

「っ——!」

 大きな声で怒鳴られて、女子生徒は身をすくませた。


「ピエール様と貴女では釣り合いが取れていませんわ。貴女になんてピエール様のおそばにいる資格なんてありませんのよ!」

「え。そんな」

 釣り合いが取れない?

 資格がない?

 なんで、この人にそんなこと言われないといけないの?


 女子生徒は混乱した。

 相手は言うだけ言うと気が済んだのか、身を縮めている女子生徒をせせら笑って出て行った。



 それからというもの、女子生徒の私物がたびたびなくなるようになる。

 誰かが隠しているのだ。



 それだけではなかった。


「キャッ!」

 悲鳴を上げつつも、女子生徒は動かなかった。

 動けなかったのだ。

 トイレで用を足しているさなか、上から水を掛けられたのでは動けるはずがない。


「おほほほほほほっ。汚物は流すに限りますわぁー!」

 聞き覚えのある声。


 ピエールのことで難癖をつけてきた相手だとすぐに分かった。

 言葉で責めるだけでは飽き足らず、嫌がらせに移ったのだとわかる。


 それでも、女子生徒は屈することなく無視を決め込んできた。

 騒げば騒ぐだけ、相手の思うつぼだと知っていたからだ。

 だけど・・・。


「こんな。ひどい・・・」

 制服がびしょびしょだ。

 トイレの床も——。


 しかたがない。

 床を掃除して、寄宿舎へと戻る。


 早く着替えないと!

 足早に廊下を歩く。。

 すれ違う人たちが驚いた顔で見てくるし声も掛けるが、何も答えられずただ俯くしかなかった。


 ピエール様に心配は掛けられない。

 その思いが先に立っていた。


 だが、その話は瞬く間に当事者の耳に入ることになる。

 当然だ。

 狭い学院内——それも全寮制の——で隠し事なんてできるわけがないのだから。


「いったい、何があった?」

 着替え終えて教室に戻った途端、婚約者の詰問を受けた。

 そこには心配と怒りがある。


「べ、別に——」

「全身ずぶ濡れだったって聞いた。トイレから出たときにそうだったと証言してくれた人もいるぞ?」

「ぅ・・・」

 着替えをしている間に、調べていたようだ。

 言い訳できないほど理路整然と問い質された。



「その子、エルザにいじめられているのよ」

 見かねたクラスメイトが口を挟む。


「なに? エルザって誰だ?!」

「シエルアージュ侯爵の娘よ。思い込みが激しくて人の話を聞かない女なの」

 あと、一つのことに夢中になると見境が付かず、周りも見えなくなるタイプだとも教えてくれた。


「ただ、教師陣は当てにならないよ。父親が怖いからね」

「父親・・・ああ、シエルアージュ侯爵か。『貴族院』議長」

 貴族社会の重鎮だ。

 手は出せないわけか。


「あ。ピエール!」

 そこへ、エルザが駆け寄ってきた。

 現状は目に入っておらず、ピエールしか見えていないらしい。


「その子がエルザよ」

 こそっと耳打ちしてクラスメイトが離れていく。


「わかった」

 むしろすっきりした顔で、ピエールは頷いた。


 相手の方から来てくれたのなら話が早い。

 クラスメイト全員の目の前で、きっちり振ってやる!


「俺はもう婚約者がいる! 諦めてくれ!」


 これは、効いたらしい。

 露骨なアピールや、女子生徒への嫌がらせが急激に減ることになる。


 事の顛末を知った者——つまりは全校生——が監視するようになったからだ。

 それでも、小さな嫌がらせは頻発したが、せいぜい持ち物を隠す程度。

 全校生を味方につけた女子生徒には、どうということもなかった。

 すぐに誰かが見つけて届けてくれるし、その間は誰かが貸してくれる。

 エルザの行動は、すべて空回りで終わるのだった。




 ———エルザside———


「なんでうまくいかないのよ!」

 荒れた様子でエルザが制服を脱ぎ捨てた。

 露出度の高い部屋着に着替える。


「ピエール様はまだ学生。ご両親には歯向かえないのですよ」

 幼い頃から仕えているメイドが囁く。


「そうだとしたら、どうしようもないじゃない!」

「いいえ。まだ結婚はしておりません。ご両親にたてつくだけの実力が付けば、きっと迎えに来てくださいますとも。私のエルザ様」

「ほんとに?」

「もちろんですとも、にっくき女に身の程を知らせつつ時を待てばよいのです」

「そっかー。わかった!」


 元気になるエルザを、初老を過ぎたメイドは、ガラス玉のような目で見ていた。




 そして——。

 現在に至る。


 エルザは信じている。

 ピエール様は、きっと迎えに来てくださると。



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