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商人の男と貴族の女ーー婚約破棄から始まる成り上がり――  作者: 葉月奈津・男
【エルザ】編~蜜なき花に、蜂は寄らず~

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第7話 花は待てども風は吹かず

2/4

 


「お久しぶりね」

 時は流れて、ある日のディナーにエルザがいた。


「どういう風の吹き回しですか?」

 心境の変化でもあったのかと訊ねるカロスターク。


「業務連絡よ」

 固い表情と声で答えるエルザ。


「業務連絡?」

「五日後に園遊会があるの。あの人の家主催でね。参加するから用意しておいて」

「一人で行けばいいんじゃないか?」

「婚約者を連れて行くからこそ焦らせられるの! 一人で行ったんじゃ、何も変わらないでしょう?!」

 バカじゃないの? って言わんばかりの反応が返ってきた。


 やっぱり意味が解らない。

 カロスタークは理解しようと努力することを諦めた。


 ◇エルザ視点◇


「……本当に、これでいいのかしら?」


 部屋に戻ると、エルザはほんの少し顔を曇らせた。


「さぁさぁ、お嬢様。ドレスの手直しが済みましてございます。こちらで合わせてみてくださいな」

 幼いころから付き従っているメイドに、慣れた手つきで鏡の前へと引き寄せられた。

 エルザのすべてを知っている相手なので、燃え親代わりどころか自分の体の一部とすら思える時がある。


「だけど、貴族の娘としてはおかしなことなのではなくて?」

 エルザは鏡の前でドレスの裾を整えながら、背後の老メイドに問いかけた。


 他の令嬢たちと自分に何か『ズレ』があるのではないか?

 そんな不安がある。


「そんなことはございません。誰でもしていることでございます。皆さん隠すのがお上手なのです。私のようなものが何人もついておりますから」

 お嬢様には、わたくし目が一人だけだから、『ズレ』て見えおるのだと解説してくれた。


 しまいには「私が至らないばかりに―――」と泣きだされたので宥めるのが大変だった。

 これ以上、不安な態度を見せると厄介なことになりそうだ。


「えっと。ともかく、このドレスを着て園遊会に行くのね」

「ええ。行かねばなりません。今こそ、あの方に想いを伝える最後の機会です」


「でも……カロスターク様を連れて行くのは、さすがに失礼ではなくて?」


「お嬢様。あの方は“婚約者”です。連れて行くのが当然でございます」


「でも、彼は……」


「“彼”ではなく、“あの方”に見せつけるのです。お嬢様がどれほど素晴らしい方かを」


 老メイドは静かに、しかし確信を持って言い切った。


「男というものは、失って初めて気づくもの。お嬢様が他の男と並んでいる姿を見れば、きっと心が揺らぎます」


「……そう、かしら」


「ええ。あの方は、きっとお嬢様を迎えに来てくださいます」


 エルザはしばらく黙っていたが、やがて小さく頷いた。


「わかったわ。連れて行くわ。カロスターク様を」


 その声には、どこか不安と決意が入り混じっていた。


 老メイドは静かに微笑んだ。


「よろしゅうございます。すべては、お嬢様の幸せのために」


 下げた頭の影で、ガラス玉のような目が光り、唇が三日月のように細く、禍々しいほど吊り上がっていた。



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