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商人の男と貴族の女ーー婚約破棄から始まる成り上がり――  作者: 葉月奈津・男
【エルザ】編~蜜なき花に、蜂は寄らず~

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第5話 目に映るもの、映らないもの ~後編~

5/5

 


「ちょっと話をしたい」

 わかってしまったからには、知らないふりもできない。

 カロスタークはそんなに器用な男ではない自覚がある。


 本人に直接問い質そうと、夜に話し合いの場を設けた。

 場所は警戒されないよう、小さめのサロンとしてある。

 プライベートな話になるので、使用人には近づかないよう厳命して人払いも済ませてある。


 

「どのようなお話でしょうか?」

 優雅な仕草で首を傾げるエルザ。

 完璧な淑女だ。

 感心するが騙されてはいけない。


「私たちは婚約している。だけど、君はどうやら別の男性のことが心に残っているように見える」

「わたしもこの歳まで誰とも会わずに生きてきたわけではありませんもの。気にかけた男性もいますわよ」

「それはわかる。だけど、その男性を私に重ねて見てはいないだろうか?」

 日々の生活の中でチラホラとその男性と比較し、カロスタークをその人のように扱うのはいかがなものか。

 その懸念を伝えた。


「あらあら、拗ねていますの?」

「いや、拗ねるとかじゃなくてね」

 これから、二人の生活を構築していこうというときに、お互いをちゃんと見れないというのは困る。

 いつまでも、かつて気に掛けたという男性の影を追われては、生活が成り立たない。

 カロスタークを見てもらわなくてはならないのだ。

 過去にいた男性の影ではなく。


「過去に思いを寄せていた方への嫉妬ですか?」

 正気?

 そんなニュアンスで笑われた。


 いや、正気? はこっちが言いたいセリフだ!

 カロスタークはそう思ったが、寸でのところで声を荒げるのは回避できた。


「人としての器の大きさが問われますわよ」

 カロスタークは器が小さいと言いたいらしい。


「嫉妬ではなくてですね。結婚して共に生きていく相手よりも、過去の想いを優先させるのはおかしいという話です」

「結婚するかはまだわかりませんでしょう?」

「は?」

「婚約したからと言って、結婚するとは限りません。正式な婚礼までに、わたしをさらいに来てくだされば結婚はあの方とすることになります。ならば、それまでの時間をあの方のために過ごすことは間違っていませんわ」


「は?」

 本気で意味が分からなくなった。

 いや、言葉の意味は分かる。


 『あの方』とやらがエルザを迎えに来たらそちらと結婚する。

 そのための準備としてカロスタークと暮らしている。

 そう言われているのだ。


 本命がいて、つなぎでしかないということか。

 違和感があるのも当然だ。


「私と『あの方』が結ばれなかったのは、どこかの泥棒猫が先に『婚約』したからにすぎませんの。家同士の結びつきで断れなかっただけなのですわ。ですけど、最近になって『あの方』は一族の中でも抜きんでた功績を上げられました。今なら、自分の気持ちに素直になれるはず。きっと私を迎えに来てくださいますわ」

「っ・・・。なら、どうして私と婚約を?」

「『あの方』へのメッセージですわ。このままだと、私が他の男性のモノになってしまいますわよ。急いで迎えに来てくださいな、とのね。話しを聞けばきっと重い腰を上げて吹っ切れてくださいますわ」


 婚約したと聞いたら焦るはず!

 ようはそう言いたいわけだ。


「ああ。そうですか。もういいです」

 ダメだ、これは。

 カロスタークは話し合う気力を失くした。

 どう考えても、まともな話し合いは望むべくもない。

 その証拠に・・・。


「おやすみなさいませ」

 悪びれることもなく、エルザは寝室へと去っていった。

 カロスタークの気持ちや考えなどどうでもいいのだろう。


 一人になったサロンで、カロスタークは天井を見上げて溜息を吐いた。

 こちらは婚約者として接しているのに、相手はカモフラージュあるいは噛ませ犬としか見ていなかったのだ。

 考えてみれば、会って最初の会話にも、それが窺える表現があったことを思い出す。



 『私の首をご所望ですか?』と訊ねたのに対しての答えだ。

 彼女は何と答えたか?


 『しばらくは肩にのせていていい』と言ったのだ。

 このしばらくとは、自分が本命のところへ行けるようになるまでということだったわけだ。


 そして『未来の子爵様』という表現。

 あれも、本来ならば『未来の旦那様』となるべきだったはずである。

 このちょっとした食い違いが違和感の正体だったというわけだ。


 頭がおかしい。

 完全にこじらせている。

 カロスタークは頭を抱えた。




 翌日からエルザは生活リズムをズラした。

 カロスタークと顔を合わせないようにしたのだ。


 何とも思っていないように見えたが、一応はマズいことになったとはわかったらしい。

 もしくは、そばに相談相手でもいるのだろう。

 いつもそばにいる年配のメイドあたりが怪しいかな。

 まぁ、そんなことはいい。


 会ったりしたら気まずくてどうしたものかと思っていたので、カロスタークからしたらホッとする対応だった。

 問題を先送りしているだけと言えばそうなので、何も解決はしていないが、静かに考える時間をもてるだけありがたい。


「とはいえ、どうすりゃいいんだ?」

 考えてみるが、時を置かず諦めることになる。


 頭がおかしい人の行動は読めない。

 読めないモノは策も立てようがないのだ。



読了・評価。ありがとうございます。


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