第4話 目に映るもの、映らないもの ~前編~
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一か月後。
町はつつがなくレオーネ伯爵家へと返還された。
カロスタークの取り分となるべき慰謝料分の金額は回収済みである。
町の行政も滞ることの無いよう整理をつけてのことだ。
「お初にお目にかかります。エルザ・フォン・シエルアージュです」
町の返還と前後して、カロスタークは新たな婚約者と対面した。
王都の外れにあるシエルアージュ侯爵家の別邸でのことである。
プラチナ色の髪にサファイアの瞳、真珠の肌、均整の取れた肢体。
非の打ち所がない公爵令嬢だ。
「カロスターク・カロ・レッドルア男爵です」
「あら、『まだ』男爵を名乗ってますのね」
「正式発表がされていませんから」
内示は貰っている。
子爵昇爵はすでに決定事項だ。
例によって宰相府に呼び出され「働け」とのありがたい言葉とともに聞かされた。
「子爵を名乗ってしまえばよろしいのに」
「私の首がご所望ですか?」
身分の詐称は最悪死罪。
斬首確定だ。
「んー。かぼちゃほどは美味しくなさそうですし、もう少しの間なら肩にのせていていいですよ」
「ありがとうございます。肩から落とさなくても役に立つことをご覧に入れましょう」
「期待しておりますわ。未来の子爵様」
当意即妙の受け答え。
頭は悪くなさそうだ。
となると、やはり性格か?
今は猫をかぶっている?
わからないが、滑り出しとしては上々だ。
新生活を始められるだろう。
この別邸。エルザはもちろん、カロスタークも住むことになっていた。
正式な発表までは王都にいてほしいとの宰相の意向によるものだ。
それならば、今はめったに使わない別邸を使って欲しいとの侯爵の要望で実現した。
同棲と言うには家が広すぎるし人も多すぎるが、寝起きを共にすることになる。
二人——きりではない。
十数人の使用人も住み込みで働いている——での生活が始まって数日が経った。
カロスタークは可もなく不可もなく過ごしている。
平和だ。
なんの問題もない。
ないはずだ。
なのに・・・。
なにか違和感があった。
なにかがおかしい、そんなハッキリしたものではない。
ただ、何かの拍子に不思議な感覚を持つことがあった。
大したことではない。
大したことではないのだが気になる。
なにかモヤモヤして気持ちが悪い。
原因は——。
「たぶん彼女、エルザだよな」
他はあり得ない。
なにに違和感を持つのだろう?
自分の感覚に疑問を持ちつつ、カロスタークはシエルアージュ侯爵の別邸で生活を続けていた。
「おはようございます」
「おはよう」
朝、食堂へ行くとエルザはすでに来ていた。
「早いですね」
メイドに声を掛けられて、すぐに来たからカロスタークか遅いということはないはずだ。
間違いなく、彼女はメイドの呼びかけよりも早くに部屋を出てきている。
一般的に、家の者は使用人から呼ばれるまで部屋で待機が普通だ。
着替えをし、身支度を整えたら待つものなのだ。
使用人の仕事を邪魔しないための配慮である。
それなのに、侯爵家の令嬢が出てきているというのは妙だった。
「朝の鍛錬を見守ろうかと思ったのですわ」
「たんれん?」
「商人には関係のない話でしたわね」
「え、ええ」
事実。そうなので、カロスタークは同意の頷きを返して席に着いた。
エルザもそうしている。
メイドが給仕をする中、食事が進む。
ごく普通の朝食だ。
だが・・・。
「豪勢ですね。さすが侯爵家です」
肉が出ていた。
大きく量も多い。
一般家庭はもちろん一般的な貴族家でも、朝から肉が出ることなど、そうあるものではない。
「侯爵家だからではありませんわ。私には出ていませんでしょう?」
確かに、エルザの前に肉の皿はない。
「男性は身体づくりのために肉を食べないといけませんから、料理長に命じておいたのですわ」
「あ、ああ。それはありがとうございます」
これだ。
これなんだ。
違和感が湧き上がるのは。
ここでようやく、カロスタークは原因をハッキリと認識した。
エルザの言動が微妙にズレている。
知識か?
価値観か?
なにがそうなのかはわからないが、とにかくズレがある。
それが違和感の正体だ。
一つ気が付くと、他にも気づいてしまうものらしい。
次々に『ズレ』が見えてくる。
例えば服装。
カロスタークはキチっとした着こなしが基本なのだが、エルザにはこれが窮屈に見えて気になるらしい。
例えば話し方。
ですます調の丁寧な話し方がまどろっこしいようだ。
他にも経済観念。
銅貨一枚にまで気を配るのは意地汚いらしい。
細かすぎる。
男はもっと大雑把なものだというのだ。
カロスタークは体付きも線が細く、なよなよしていて頼りないと思われている節がある。
「これは間違いないな」
ここまでくれば、いかに鈍感なカロスタークも『ズレ』の意味を悟りもする。
エルザには他に好きな男がいるのだと。
その『誰か』と比べているからズレが生じるのだ。
朝早くから鍛錬をして、肉を食べて体作りをする。
筋肉質な体格ゆえに、襟元を緩めて服を着る。
語尾に「です」、「ます」を付けない。
よく言えばフランク、悪く言うなら粗野な話し方。
数字よりも肉体言語が得意。
おそらく、そのような人物を慕っていると思われる。
そう。
人物。
こういうタイプが好き、ではなく特定の『個人』を想っているのだ。
これまでの婚約話がうまくいかなかったことも、これで説明が付く。
本人の中ではすでに心に決めた人がいて、その人に操を立てている。
そうであれば、どんな人との婚約でも、うまく行きようがないのだ。
それなら初めから、その意中の相手と婚約すればいいだろうに。
家柄か身分か、何かが邪魔をしているのだろうけれど。
評価いただけると続編を書く意欲に直結します




