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商人の男と貴族の女ーー婚約破棄から始まる成り上がり――  作者: 葉月奈津・男
【エルザ】編~蜜なき花に、蜂は寄らず~

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第3話 町転がし ~後編~

3/5

 


「で?」


 一瞬の沈黙を挟んで、カロスタークは慎重に口を開いた。


「それだけではないですよね? まだ何かあるのでしょう?」


 経済と政治は切っても切れない。

 だが、ここまであからさまな好条件を提示されると、裏を疑いたくもなる。

 銀貨で済むところに金貨を出して、「釣りをよこせ」と言われるようなものだ。


 経済的には損はない。

 だが、政治が絡めば話は別。

 問題は、その『釣り』に何を求められるかだ。


「『貴族院』議長、シエルアージュ侯爵の娘さんには婚約者がいないの。容姿も家柄も申し分ないのに、『なぜか』ね」


 ……容姿も家柄も完璧で婚約者がいない?

 それってつまり、性格に難ありってことじゃないのか?


 そんな言葉がカロスタークの脳裏をかすめたが、深くは考えない。

 意味がないからだ。

 もともと貴族に恋愛結婚など存在しない。

 結婚式当日に初対面なんて、よくある話だ。


 それを思えば、婚約期間があるだけマシとも言える。

 しかも相手は侯爵家、それも貴族院議長の娘。

 断る理由など、どこにもない。


「わかりました。一か月後を目途に引き継ぎを終わらせるとしましょう」


「決まりね」


 第二夫人は、貴族家の夫人らしからぬ豪快な笑みで手を差し出してきた。

 ニカッと笑いながらの、少し痛い握手。

 緊張していたのか、それとも素なのか。

 どちらにせよ、カロスタークはその勢いに少しだけ圧倒された。


「話を進めておくから、楽しみにしていてちょうだい」


「わかりました。よろしくお願いいたします」




「というわけで、とうとう『縁談』が持ち上がったよ」


 王都に戻ったカロスタークは、セザールと、たまたま来ていたフランソワに報告した。


「……は?」


 セザールが手にしていた書類を落とす。


「え、え、え? 誰と? どこの家の? えっ、なんで? えっ?」


 フランソワは目を白黒させながら、壊れた水車のように首をぐるぐる回している。


「落ち着いて。まだ決まったわけじゃない。ただ、話が出ただけ」


「『ただ』じゃないよ! 誰との話なの!?」


「『貴族院』議長の娘さんだってさ」


「……はあああああああああああああああああ!?!?!?!?」


 フランソワが椅子から転げ落ちた。


「ちょ、ちょっと待って。あの『シエルアージュ侯爵』の!? え、え、え、え、え!?」


「……セザール、何か知ってる?」


「……いや、知らない。知らないけど、知りたくない気もする……」


 パニック状態のフランソワを横目に、カロスタークはまだ冷静なセザールに話を振る。


「いつかは来るとわかってはいたけど……」


「唐突すぎですよー」


「まあ、こういうのは、そういうもんだろ?」


 カロスタークは苦笑する。

 自分でも驚いているのだ。

 だが、驚いてばかりもいられない。


「とにかく、町の管理権は一か月後に返す。その間に引き継ぎを済ませるよ」


「……で、婚約は?」


「会ってから考える。断れるかどうかは、会ってみないとわからないしね」


「ふーん……」


 セザールがじっとカロスタークを見つめる。


「何?」


「いや、なんか……大人になったなって思って」


「やめてよ、そういうの」


「うん、でもちょっとカッコよかった」

「そうかな?」

「貴族っぽい」

「・・・なんだろ? 褒められている気がしないぞ?」

 貴族らしくなるって、人としてどうなのか。

 だが、セザールは巧に視線を外してのける。


「……フランソワ、なんか言ってよ」

 同じ側女に話を振った。


「え? あ、ごめん。まだ『侯爵家の娘と婚約』ってワードが脳内でループしてて……」


 頭を振るフランソワ。


「……」


 無言で見つめるセザール。


「――わかってて聞くのはずるい」


 ぷくっ。

 フランソワがむくれた。


「もう少し、正妻候補の登場で動転する女――をやりたかったのに――」

 そういう役柄を演じていた、ということか。


「長すぎ!」


「はぁ……んーと、有名な話だよね。家柄も容姿もいいのに、なぜか相手が決まらないって――同性が好きだとか、年齢差にあこがれてるとか言われてたんじゃなかった?」


「私も、そう聞いたわ――つまり、新しい情報はなしか。カロスタークの言うように、会ってみないとわからないってことね。ま、がんばって」


 最後の一言は、カロスタークに向けられた。


「かるっ!」


 思わず叫ぶカロスターク。


「結局決めるのはあなただからね」


「そうそう。私たちは、その結果を受け止めるだけだよ。それがどんなものであったとしても」


「そうか――。ありがとう」


 二人の反応に、カロスタークは少しだけ肩の力を抜いた。

 この二人がいてくれる限り、どんな流れがきても乗りこなせる気がした。



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