第2話 町転がし ~中編~
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「お時間をいただき、ありがとうございます」
そう言って深々と頭を下げたのは、オルトレオーネ伯爵の第二夫人。
年齢的にはカロスタークの母親でもおかしくないが、かつて戦場で名を馳せた女傑だけあって、その所作は洗練されており、何よりも力強さを感じさせた。
「ようやくお会いできましたね」
シャルルを通じての伝言や書類のやり取りは何度もあったが、対面するのはこれが初めても同然だった。
顔合わせはしたが、挨拶以上には踏み込まなかったからだ。
「そうですね。ぜひお目にかかりたいとは思っていましたが、機会がありませんでした」
「わたしは貴族と言いながら、住所不定なところがありますからね」
道普請や開拓で各地を飛び回るカロスタークは、一か所に腰を落ち着けることができない。
王都のモンモラシー男爵邸にはセザールが、ミヌミエーラ男爵領とレッドルア男爵領にはフランソワが常駐して業務を支えてくれている。
「ご活躍ですものねぇ」
コロコロと笑う第二夫人。
しかしその笑顔の最中、ふと目の奥が鋭く光る。
草食動物のような目が、瞬時に肉食獣のそれへと変わった。
意図的というより、隠す気がないのだろう。
誤魔化しのない、まっすぐな態度。
――ここからが本題だ。
短い社交辞令を終え、カロスタークも戦闘態勢に入る。
もちろん、剣ではなく言葉の応酬だ。
「いえいえ。それほどでもありませんよ」
商人特有の『笑顔』という名の仮面をかぶり、カロスタークは意識を最大限に研ぎ澄ませた。
これはただの定期報告ではない。
何か重大な交渉が始まると見て間違いない。
「生憎だけど、腹芸は得意じゃない。単刀直入に言わせてもらう」
「面倒がなくて助かりますね」
毎度毎度、腹の探り合いをするのは骨が折れる。
単刀直入に来てくれるのは、むしろありがたい。
「町の管理権を返していただきたい」
「やはり、それですか」
予想通りの内容だった。
開発の要望なら書面で済む。
わざわざ責任者が出向いてくるということは、返還請求に他ならない。
「ずいぶん唐突ですね」
カロスタークは直接答えず、軽く牽制を入れる。
返還を「今」求める理由は読めているが、簡単に応じるつもりはない。
「意地が悪いな。立場的には当然だが」
「と言うと?」
「わかっているだろう。納税時期が近い。今回は、こちらで納めたいのだ」
なるほど。
王家に対して権勢を示すには、発展著しい町からの税収を自領のものとして納めるのが都合がいい。
他家に管理を任せたままでは、見栄えが悪い。
オルトレオーネ伯爵家の思惑は、カロスタークにもよくわかった。
「まぁ、わからなくはないですが……」
理解はするが、納得はしない。
営業スマイルをさらに深くしながら、カロスタークは駆け引きの構えを取る。
「こちらも町を短期間で発展させた男爵の手腕と功績を軽んじるつもりはない」
「そうですか?」
本当に? と疑いを込めて返す。
どうせ何かしらの『対価』を用意しているのだろうが、そこに一枚でも多く銅貨を乗せさせるのが商人の腕の見せどころだ。
「男爵はすでに非公式ながら『準子爵』と呼ばれていると聞き及んでいる」
宰相の発言がどこかから漏れたらしい。
社交界の噂は風のように早い。
「また、亜人たちが集まり人口も増えているとか。よって、我らがオルトレオーネ伯爵家は、男爵の子爵昇爵を王家に対し推す用意がある」
「――」
思わず、カロスタークの笑みが消えた。
予想していたのは、せいぜい他の町の管理権との交換。
だが、提示されたのは「子爵昇爵の推薦」、それも「レッドルア家の寄り親として後見に付く」という話だった。
これは、貴族院をも巻き込む極めて政治的な提案。
想像以上に大きな話だ。
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