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商人の男と貴族の女ーー婚約破棄から始まる成り上がり――  作者: 葉月奈津・男
【セザール】編 ~柱が折れたら屋根は落ちる~

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第6話 タノシイ学院生活

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 ゆっくりと、カロスタークは廊下を歩く。

 八日目にして、ついに発生する“イベント”のことを思うと、自然と足が重くなる。


 イベントとは何か?

 なんのことはない。

 カロスターク、セザール、シャルルの三人が顔を合わせざるを得ない授業があるのだ。


 学院は、有力者子女の出会いの場でもある。

 そのため“婚約者”同士は、なるべく同じ教室に配属されるよう配慮されていた。

 カロスタークとセザールが同じ教室なのは当然で、今日はそこにシャルルが加わる。


 この日まで、セザールはカロスタークの姿を見ると、教室の反対側に座っていた。

 子爵家と懇意になりたい子女たちが壁を作り、姿すら見えないほどだった。


 少しは後ろめたいのかと思ったが、そうではない。

 ただ、面倒がられているだけだった。


 曰く、「復縁を迫られたら怖い」

 曰く、「身分の低い男だから、襲ってくるかも」

 曰く、「心中なんて絶対にイヤ!」


 涙ながらに友人たちへ訴える姿を、何度も見かけた。

 ストーカーに仕立てて悪者にする気らしい。

 カロスタークが通りすがりに目を向けると、決まって意地の悪い笑みと蔑みの視線が返ってきた。


 だが、今日は違った。


「ああ、やっぱりね」


 予想通りの光景に、カロスタークは小さくため息をつく。


 セザールとシャルルが、教室の中央で肩を寄せ合って座っていた。

 授業を受けるというより、恋愛劇の舞台にでも立っているかのような距離感。

 そして、チラチラとこちらを見ながら、仲睦まじさを見せつけてくる。


 挑発か?――いや、違う。

 マウントを取りたいだけだ。

 婚約破棄した今となっては、何の意味もないのに。


「勝手にやってろよ……」


 白けた気持ちが、感情を凍らせていく。

 怒りも悲しみも湧かない。

 むしろ、微笑ましくすら思えてくる。


 だが――


「……は?」


 唖然とした。


 授業が終わった瞬間、シャルルが立ち上がり、声を張り上げたのだ。


「俺はたった今、正式に! セザール・フォン・モンモラシー男爵令嬢との婚約を宣言する!」


 セザールの肩を抱き、誇らしげに叫ぶ。

 教室は一瞬、静まり返った。


 次の瞬間――悲鳴と怒号が爆発した。


 場所、時間、空気。

 すべてを無視した婚約宣言。

 貴族社会の通例を踏みにじる行為に、教室中が凍りつく。


 オルトレオーネ子爵家に好意的だった子女たちすら、引きつった顔で目を逸らしていた。


「オレへのマウントで盛り上がったんだろうけど……爆発しすぎだろ」


 カロスタークは呆れたように呟く。


 喧騒の中、二人は幸せそうに見つめ合っていた。

 悲鳴も怒号も、自分たちへの祝福だとでも思っているのだろう。


「……救い難い」


 処置なし。

 カロスタークは、静かに天を仰いだ。



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