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商人の男と貴族の女ーー婚約破棄から始まる成り上がり――  作者: 葉月奈津・男
【セザール】編 ~柱が折れたら屋根は落ちる~

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第5話 針の筵

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 セザールとの婚約解消から、八日が過ぎた。


 初日こそ取り乱しもしたし、動き回った。

 だが、翌日には頭を整理して学院生活に戻っていた。


 当然、針のむしろだ。


 どこを歩いても、不躾な視線が突き刺さる。

 廊下でたむろする集団を見かければ、通り過ぎた瞬間に笑い声が背中を叩く。


 女子生徒とすれ違えば、大げさに飛び退かれる。

「女に飢えてるから襲われるぞ」などと吹聴している者もいるらしい。


 だが、面と向かって何かを言ってくる者はいない。

 無視していれば、八日もすれば慣れる。


 ……いや、慣れてしまった自分に驚いた。


 腫れ物のように扱われ、井戸に落ちた犬のように嘲笑される。

 その視線に、なぜか妙な高揚感すら覚えるようになっていた。


「……メンタル的に、けっこうヤバいな」


 自嘲気味に笑いながら、オレは歩を進める。


 だが、やるべきことはある。

 ケジメは、つけねばならない。


 まず気になったのは、両家の動きだった。


 貴族社会において、婚約とは契約だ。

 何かを差し出し、何かを得る。

 その“何か”が、たまたま“嫁”や“婿”であるだけの話。


 それを一方的に反故にするなど、許されるのか?


 もし、許されるのだとしたら――すぐに動くわけにはいかない。


 だから、初日で動き回ったあとは、じっと“待ち”に徹していた。


「分かったか?」


 情報収集を任せていたトマに声をかける。


「はい」


 トマが語るのは、今回の顛末。

 なぜセザールが、あの場で婚約破棄を叩きつけたのか。

 なぜ、あの男と――シャルルと、ああも急に結びついたのか。


「現在までの情報では、政治的な駆け引きや家同士の繋がりは確認できません。セザール嬢が独断で動いたようで、屋敷の使用人たちも驚いていたそうです」


「……オルトレオーネ家の方は?」


「同様です。シャルル様とセザール様が特別親しかった様子もなく、学院内での知人程度としか見られていなかったようです」


「……本当に?」


「はい。両家とも、多少夢見がちなところがあるとの証言が複数。また、親が甘やかして育てたため、“家のため”という意識が薄いようです」


「……」


 ゴクリ、と唾を飲む。


「現状では、当人同士の衝動的な判断と見るのが妥当かと」


 トマが頭を下げる。


 オレは黙って頷いた。


 シャルルは子爵家の三男。

 セザールは男爵家の長女。


 社交界で恥をかかないように暗記した貴族名鑑には、そう書かれていた。


 ――ありえるのか?

 そんな軽挙妄動が、貴族社会で通るのか?


「子爵家の反応は?」


「困惑しているようですが、溺愛している母親が主導して、“許す”方向にまとまりつつあるようです」


「……許すのか」


 オレは、静かに目を伏せた。



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