第16話 女伯爵の思惑
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会談が終わり、レッドルア準男爵が去っていく。
その背中を、カトリーヌ・ド・リヴィエール伯爵は二階の部屋から見下ろしていた。
会合があると言ったのは口実だった。
面倒だと思っているのは事実だが、なにより悪意を隠すのが下手なせいだった。
相手をこちらの望むように躍らせたいのに、悪意が漏れて警戒されてはうまくいかなくなる。
そうならないよう引っ込んでいたのだ。
間を置かず。背後で扉を開け閉めする音がした。
夫が入ってきたのだ。
「首尾は?」
相手がわかっているので、振り向きもせず問いかける。
「上々だよ」
誠実そうだった顔を歪んだ笑みで崩して、夫は答えた。
カロスタークが会談で求めたのは、勅令により建設中の道普請への許可と協力。
これについては、拒絶できない。
リヴィエール伯爵領の益にもなるし、何より王命の否定などできないからだ。
さりげなく資金供与はしない旨を伝えたが準男爵はもともとそのつもりだったようだ。
拍子抜けするほど簡単に呑ませることができている。
タダでやってくれるのなら、文句はない。
建設許可については、こちらも二つ返事で了承した。
ただし、ルートを少しだけ曲げさせた。
領地の真ん中ではなく西側を通るように変えさせたのだ。
幅の広い川や、谷間、岩山などを理由に挙げている。
その理由で準男爵は理解を示して変更を受け入れてくれた。
『表向きの理由』でしかないのに。
真の理由は別にあった。
西側をルートにすることで、得られる利益があるのだ。
レッドルア準男爵が想定した『行速道路』とやらのルートでは何の問題も起きなかっただろうが、西側にずらしたことにより大きな問題に直面する公算が高まる。
変更後のルート上には、亜人種の町があった。
元からあったものではなく、近隣から流れてきた亜人たちが勝手に住み着いている。
放置している間に大きくなり、今や当然のように町を標榜していた。
町を名乗るのならと、税の支払いを命じたのだが拒否された。
一切の支援なしでやってきている。
町として認められてもいないのに税を払えとはどういうことか?
そう開き直られたのだ。
亜人ごときが生意気にもだ。
認めてやることなどありえないというのに。
あんなものは『町』じゃない。
『巣』だ。
そんな調子で、伯爵家とは敵対していた。
ここに降って湧いたのが『道整備』の王命だ。
準男爵が道路建設のために亜人と張り合うことになれば隙ができる。
互いに熱くなって手を出し合えば瞬く間に騒乱だ。
王命への反抗。
この一事をもって討伐の条件が満たされるのだ。
そうなってくれれば大義名分はこちら側。
軍を差し向けることが可能だ。
互いに潰し合う泥沼の中で、カロスタークが死にでもすれば万々歳。
リヴィエール女伯爵自ら陣頭に立って亜人たちを蹴散らす。
そして、逃げた者を追いかけるという名目で準男爵の領地に進駐。
そのまま事実上の占有権を主張して領土を奪い取る。
これは、そういう遊びだった。
「これで、私は『侯爵』。最悪でも『準侯爵』にはなれるわね」
ウキウキした様子で、カトリーヌは弾んだ声を上げた。
貴族の爵位は傘下に置いた人の数と領地の広さに比例する。
すでに『伯爵』を名乗れる人口と領地があるところに『準男爵』の人口と領地が加わるなら、十分可能となるのだ。
ちなみに、『準』というのは公式でだと『準男爵』以外にはつかない。
準男爵は『平民の爵位』という呼ばれ方をすることからもわかる通り、正式な爵位に認定されていないということで『準』を付ける。そういう意味合いが強いのだ。
では、他の爵位に付ける理由はなんなのか。
これは『人口』の増加と経済的発展を示す指標となっている。
男爵の規模を越えて伯爵に近づいていると『準伯爵』と呼ばれるようになる。
非公式にであって、公式には『男爵』のままで変わることはない。
ようは、貴族社会における序列にのみ反映される『称号』なのだ。
同じ『男爵』でも、『準伯爵』という非公式な称号を得れば頭ひとつ抜きんでることができる。
その分、他の男爵より高い位置に立てるというわけだ。
そして、この『非公式の称号』は時と場合によっては現実的な意味を持つことがある。
近隣の貴族に廃爵があった場合や、戦争で領土が増えた場合。
非公式な称号は公式な『昇爵』のための踏み台となる。
『準伯爵』と見做されている者が手柄を上げれば、ただの『男爵』よりも『伯爵』へと昇爵できる可能性が高まるのだ。
少しでも、階位を上げたい者にとって『準』を付けておくことには重要な意味がある。
「目障りだったミヌミエーラ子爵は没落して男爵に降爵され、モンモラシー男爵は商人に牛耳られる体たらく。わたくしが王国西部を支配するときが来たわね。おほ、おほほほほほほほほっ」
野心に目をギラギラさせて、カトリーヌは哄笑を打ち上げた。
広大な領地と権力が、手を伸ばせば届く位置にある。
カトリーヌ・ド・リヴィエール伯爵は勝利を確信して、全能感に酔っていた。
「貴族軍を招集、付近にいる騎士団にも声を掛けなさい。機会が見えたら即、投入して片付けてあげるわ」
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