第7話 目があっても見ず、耳ありて声を聞かず2 ~前編~
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カロスタークたちがレッドルア家を訪問していた頃。
レッドルア家の家長夫妻は近隣の貴族の下を訪れていた。
娘の誕生日か婚約発表、なんにしてもめでたい集まりがあると聞いて紛れ込んだのだ。
祝いの品とご祝儀さえ持っていれば、門前払いされることはない。
中に入ってさえしまえば、なんの集まりかなんてどうでもいいこと。
貴族との顔つなぎに使うだけだ。
「伯爵さま、ご機嫌麗しく」
「ん? おう。レッドルア商会の会頭か。鼻が利くと見えて、どこにでも現れるのだな」
「商人というのはそういうものでございます。どこに儲けの種が転がっているか知れたものではありませんからな」
「言うではないか。モンモラシー男爵領を手に入れただけでは足りぬと見える」
伯爵と呼ばれた者が言う『モンモラシー男爵領を手に入れた』とは、カロスタークが管理権を手中にしたことを指す。
だが、会頭——カロスタークの父——は誤解した。
モンモラシー男爵領内の物流全てを支配していることを言っているのだと。
「足りぬとは申しませんが、いまや廃爵が確定的なモンモラシー男爵に義理立てするのは意味がありますまい」
首を振って嘆く会頭。
横では夫人が盛んに伯爵へと媚を売っている。
「廃爵、だと?」
ギョッとした顔で声を潜める伯爵。
「不肖の息子が婚約を破棄されたとか。所詮は平民の女に産ませた子ゆえ、元から期待はしていませんでしたが情けないことです。とはいえ、婚約を破棄されたのなら援助は致しかねる。廃爵するほかないでしょう」
「——婚約破棄・・・ああ。その話耳に入ったのか」
かなり長く間を開けて、伯爵は秘密の話をするかのように声を落とした。
実を言えば、学院内での出来事についての話はあまり外に出ない。貴族家や王都に店を構える商家には学院に通う子女から話を仕入れることができるが、地方にいる者たちに情報が届くのには時間がかかるのだ。
会頭のところへは『まだ』婚約破棄までの話しか届いていないのだと、伯爵は気が付いた。
「ええ。それでなにやら新領主が入ると聞きました。できますことなら、この新領主に取り入りたいと考えております」
「なるほど。それが賢明であろうな」
新領主なんてものはいない。
お前の不肖の息子とやらが全権を掌握しているのだぞ。
そう言ってやるのが親切であろうに、伯爵は言わない。
「私共の商会が生産物の取引全般を支配しておりますからな。誰が領主になったとしても無視はできないはずでございます」
だから安泰だと余裕ぶる姿が滑稽だ。
伯爵は、揺れる肩を必死に抑えなければならなかった。
「それは頼もしい。新参者に舐められてはいけませんぞ」
「左様、左様。力を示してあげるとよい」
密談ぽい雰囲気に聞き耳を立てていた周りの貴族もまた、勘違いに気付いたが面白がって煽り始めた。
よい余興扱いだ。
「もちろんでございますとも!」
普段、塩対応ばかりの貴族たちが『応援して』くれた。
面白がられ、煽られているとも知らず。
会頭は声も高らかに口を開いた。
「モンモラシー男爵令嬢に『婚約破棄』をさせてくださった方には、感謝せねばなりません。おかげでモンモラシー男爵領のすべてを、我が商会が牛耳ることが可能となるのですから!」
「っ、ば——!」
血相を変えて身を引く伯爵。
同時に、周囲の貴族たちも速やかに撤退していく。
静まり返る会場内。
レッドルア商会会頭夫妻の周囲から人が消えた。
なぜなら——。
「ほほう。感謝してくださるのか。それは光栄だ」
朗らかな微笑のまま近づいてくるのは、パーティーの主催者だ。
今日は、三男の学院卒業と『新しい婚約者との婚約発表』を行っていた。
オルトレオーネ子爵である。
その隣には、挨拶回りで連れまわされた主役——シャルル——もいた。
「オルトレオーネ子爵様。えーと?」
相手が誰かはすぐに分かった会頭だが、『光栄』と言われた理由に気付くには少々遅れが出た。
「これが、その原因だぞ?」
横に立つシャルルを示されて、ようやく気が付く。
「あ、ああ。オルトレオーネ子爵様がモンモラシー男爵領を手に御入れになられるわけですか。さすがでございますな。愚息では子爵家のご子息に勝てなくて当然。いや、お見事」
周りの空気に気が付かず、おためごかしを言い募る会頭。
そのたびにオルトレオーネ子爵の顔がこわばり、引き攣っていくことになど気付きもしなかった。
子爵——上級貴族——に対して『モンモラシー男爵領を傘下に入れるため、三男に令嬢を誘惑させたのでしょう? やりますねぇ。いや、まいった、まいった』と言っているのだが、わかっていないのだ。
「では、もしや。これはご子息とモンモラシー男爵令嬢の『婚約』の場でしたかな?」
ニヤついた顔のままそんなことを口走り、セザールの姿を探すカロスターク父。
会場内の空気は見事に凍り付いた。
よりにもよって、婚約発表の会場で別の女との婚約かと聞く。
そもそも、これがなんの集まりか把握もしていないことを自ら明かしたことになる。
これほどの侮辱が他にあるだろうか?
オルトレオーネ子爵の顔から、すでに形だけとなっていた微笑が霧散した。
「衛兵!」
腹の底から響くような怒声にも似た叫び。
何事かと駆けよってくる警備の者たち。
「この戯け者どもを捕らえよ! 貴族に対し、あるまじき不敬を働いた!」
不敬罪での逮捕が命じられた。
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