第5話 目があっても見ず、耳ありて声を聞かず ~前編~
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「で? この女はどこの娼館から買ってきたの? あ。ごめーん。そんなお金ないわよね? 拾った? さらったのかしら?」
興が乗って来たのか、義姉は嬉しそうにセザールの顔を覗き込んでそんなこと言ってきた。
「わたしの婚約者です。失礼なことはしないでくださいよ」
自分をバカにする分には『一応家族』ということで大目に見てもいい。
だが、セザールに失礼を働くとなると話が違う。
太めの釘を刺した。
「婚約者? ハン! どうせ平民でしょ? 『男爵令嬢』でないならどうでもいいんだけど?』
くっだらないと、鼻で笑われた。
「頑張って着飾ってるけど、背伸びしたところでたかが知れてるっての!」
「ぁ」
自分を見下ろしたセザールが、ちょっと声を上げた。
今日の彼女は、一言で表すと中途半端な服装だった。
『男爵令嬢』というには地味過ぎ、『平民』というには気合が入り過ぎている。
『失敗した』と思ったようだ。
元鞘には収まったが、妻ではなく『側室』になることが決まっている。
あまり目立たないようにしようという心遣いが、裏目に出ていた。
「あ、ちょっ——」
カロスタークが慌てて腰を浮かせた。
義姉がセザールのイヤリングをひったくったのだ。
「ふーん。一応は本物なのか」
光にかざしながら、そんなことを呟いている。
光の屈折でガラス玉か宝石かを判定しているのだろう。
だけど、どうやら鑑定眼はないらしい。
硝子とダイヤの区別はつくが、ダイヤの等級を見極める目はないのだ。
そうでなければ、粒は小さいものの最高品質のダイヤを床に捨てたりはしないだろう。
どうせ安物と、侮っているのだ。
「名前は言える? お嬢ちゃん」
完全にバカにしている口調。
「っ!」
さすがに黙ってはいられない。
問答無用で帰ろうと、腰を浮かしかけたカロスタークだったが、その動きはすぐに止まった。
止められた。
セザールが裾を掴んでいたのだ。
「くっ」
なにをするのかと問おうとしたカロスタークは慌てて目を逸らした。
極限まで細められた目の奥で、炎が揺らめいている。
「聞こえてるぅ? お名前はなんでちゅかぁ?」
「セザール。セザール・フォン・モンモラシーです」
氷を吐き出しそうなほど、冷たく澄んだ声が撃ち出された。
パーン!
直後。
乾いた音が響いた。
義姉がセザールの頬を平手打ちしたのだ。
「ふざけないで。それはここの領主。男爵様の娘さんの名前。あんた程度が騙っていい名前じゃないの」
本気の怒気をぶつけられる。
頬は紅くなっていく。
「・・・・・・」
怯むことなく、見つめ返すセザール。
無表情に。
無感動に。
「な、なによ。気持ち悪い子ね!」
怯えも怒りもなく、冷めきった瞳を向けられた義姉は顔を歪めた。
「もう一度聞くわよ。名前は?!」
「セザール・フォン・モンモラシー」
答えが変わるはずもない。
冷めた目と澄んだ声が、横にいるカロスタークをも寒々しい気持ちにさせた。
怖すぎる。
「あ、あんたねぇ——」
怖いという点では、面と向かっている義姉の方が上だっただろう。
引き攣った顔で、セザールを睨みつけた。
ニマァ!
その顔が、ぐにゃりと崩れる。
なにか、とんでもないことを思い付いた顔だ。
「その態度、後悔させてあげる!」
捨て台詞を吐いて去っていった。
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