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商人の男と貴族の女ーー婚約破棄から始まる成り上がり――  作者: 葉月奈津・男
【カトリーヌ】編~彼方と此方をつなぐもの~

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第3話 故郷は遠くにありて思うもの ~前編~

3/5

 


「挨拶くらいはしておくか」

 寮にあった荷物のすべてを王都のモンモラシー男爵邸に運び終えたカロスタークは、脈略なくそう呟いた。

 クレールとギョームの言葉が発端だ。

『一度家に帰る』、である。


「うーん。家に、ねぇ?」

 嫌々ながらそのことを検討してみる。


「卒業報告はしないわけにもいかないか?」

 セザールとの『婚約破棄』騒動の時でさえ何も言ってこなかった実家だが、それくらいは義務としてすべきかもしれない。

 まったく世話は掛けていないが、学院卒業の報告くらいはすべきだろう。


「これも、『ケジメ』か」

 カロスタークは実家へ向かうべく、いつになく重い腰を上げた。




 レッドルア商会はモンモラシー男爵領にある。

 領内の商圏を完全に握っている店の本店が実家だ。


「本店なんて何年ぶりでしょうか」

 丁稚——もとい、従者のトマが遠い目をした。

 カロスタークが学院に行くまでは本店で雑用をしていたのだ。

『男爵令嬢』との婚約がなり、身一つで学院に行かせるのは格好が悪いとなったことで『従者見習い』にされた経緯がある。

 歳が近いという理由だけでだ。

 遠い目にもなるだろう。


「私、来たことあったかしら?」

 頬に手を添えて首を傾げるのはセザールだ。


「ないよ」

 婚約していたとはいえ、男爵令嬢が商家に来ることなんてない。


「いつも王都の高級レストランを借り切って、そこで会食してたからな」

「あー。そうだったわね」

 なにか困った顔で、セザールは小さく笑う。


「どうかした?」

「いまの状況。私ってどんな顔でカロスタークのお父様やお母様に会えばいいのかしら?」

 一方的に『婚約破棄』を言い渡し、なぜか元のさやに納まっている。

 確かに、挨拶に困る状況かもしれない。


「これまで通りでいいよ。実家とはそんなに関わるつもりもないし」

『実家』ではあるが、それは兄が継ぐ。

 ある意味、もう『別の家』なのだ。

 気を遣うことはないし、気心を許すこともできない。

 不用意な応対で隙は見せられないというのがカロスタークの本音だった。


「父さんと兄たちが欲しいのは『王都で店を開くための後ろ盾』。それさえ与えておけば文句は言わないし言わせない。こっちは、なんの支援ももらってないからね」

『婚約破棄』がなければ、最終的に婚姻時にカロスタークの実家が借金を清算することになっていた。

 しかし、それは『そうなっていた』でしかない。


 現状はカロスタークがモンモラシー男爵領の管理権を得て、借金の返済をする形になっている。

 もう、実家の出る幕はないのだ。


 馬車の車輪が、石畳を静かに叩いていた。

 誰も口を開かず、ただ風の音だけが耳に残る。


「あら? カロスターク? 久しぶりね」

 本店は素通りして実家に入ると、長兄の妻——長男の嫁——が出迎えてくれた。

 ソファに座ったままだ。


 カロスタークとセザールを案内してきた執事が、少しだけ咎めるような視線を向けたものの無言だった。

 軽く一礼して去っていく。

 こんなことはいつものことなのだろう。


「父上と兄上は、在宅ではないのですか?」

 相手がだらけ切っているとしても、合わせる非常識さを持ってはいない。

 カロスタークは座ることもなく尋ねた。

「どうぞ」の一言ももらえていないので、部屋の入り口からだ。


「二人とも——あ、三人ともって言うべきかしら、取引先と会議だとか会食だとかで出てるわよ」

 ハン、と小バカにしたような態度で答えが返ってきた。

 三人と言っているのは夫——長兄——と父、そして母——正妻——のことだろう。


 父と正妻はよく二人で出かける。

 仲が良いわけではなく、うかつに父を一人で外に出すと愛人を抱えかねないからだ。

 カロスタークの母のことが発覚してからは特に別々で行動した話を聞いたことがない。


 それに引き換え、兄と嫁——目の前にいる女性——の仲は——悪くはないが始終一緒ということはない。

 どこかの有力な地主の娘だとか聞いてはいたが、カロスタークとは正直接する機会が多くないのでよく知らないのだ。


 次兄の方は支店長扱いで別の店にいるはずだ。

 これは聞かなくていい。


「そうですか。では、出直します」

 立ったままでいるつもりはない。

 カロスタークは踵を返そうとした。


「待ちなさい!」

 背後から強い言葉で制止されて立ち止まる。

 いやいや振り向くカロスタークを義姉は抱き寄せた。


 抱擁ではなく捕縛だ。

 肩を抱いてきて、斜め下から睨みを利かせられる。


「あのね。役立たずとはいえよ? 家長の息子を兄嫁の私が家にも上げず追い返しました、なんてことになったら世間体か悪いと思わない?」

「そうかもしれません」

 そんなこと気になんてしないだろ!

 ツッコミを喉の奥に押し隠して、カロスタークは素直にうなずいた。


「わかってて、出直そうとするとか。私、いびられてるのかしら?」

 どっちがだ?!


「そんなことはありませんよ」

 あはははは、と笑いながら義姉の誘導に従うカロスターク。

 手近なソファに座らされた。

 セザールも義姉の手招き一つで隣に座らされている。


 男爵令嬢にする態度ではない。

『婚約破棄』前だったならしっ責は免れなかっただろう。

 だが、いまのセザールは目を細めはしたが、それだけだった。



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