第12話 無形の牢獄
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フランソワ・ド・ミヌミエーラは自室にいた。
服のまま床に転がっている。
服はシワだらけで、ところどころ破れてすらいた。
軍から急遽帰宅した兄に折檻を受けたのだ。
ただし、顔は奇麗なまま、服で見えない部分だけを痛めつけられた。
さすがに女の顔は殴れなかったことと、まだ利用価値があるかと思ってのことだろう。
なぜ、こんなことに?
もやがかかったような頭で考える。
うまく行っていたはずだった。
金を持っているらしい商人を『婚約者』に仕立て、儲けを横取りする。
途中まではうまく行ったのだ。
どこで失敗したのか?
考えて、考えて、フランソワは一つの答えに辿り着く。
商人を利用して、使い捨てたことが原因だと。
利用するのはいい。
相手にも利益があるようにしてやれば、協力し続けてもらえただろう。
それなのに、裏切って使い捨てた。
恨まれて、報復されることなど考えもしなかった。
失敗した、それが理由。
裏切るべきではなかった。
蔑むべきではなかったのだ。
「お嬢様。お食事においでください」
メイドが用件のみを伝えて去っていく。
以前にはなかったことだ。
使用人にまでないがしろにされる立場になっていることに、いまさらながら泣きたくなる。
泣く権利など、もうないのだろうけれど。
食欲などないが、テーブルには付かなければならない。
呼び出しがあったということは、なにか話があるのだろうから。
「来たか」
食堂に入ると、いつもの席に食事が用意されていた。
メニューにも大きな違いはないようだ。
違うのは当主が座るべき席にいるのが長兄ではなく、三番目の兄だということと、メイドたちの目に敬愛なんて一欠片もないこと。
長兄はメイドたちの憧れだった。
失脚の片棒を担いだ妹は憎悪の対象でしかないのだ。
「連絡が入った。午前中に国務大臣からの使者が来る。そこで、詳細が伝えられるだろう。お前は陰に隠れて、静かにしていろ。決して余計なことはしてくれるなよ?」
「はい。兄様」
これ以上の失態は許さない。
兄の眼光に身を縮ませ、頷いた。
「国務大臣代理、政務官様お成りー」
執事の先触れが聞こえてきた。
いよいよ、運命が決まる。
フランソワは使用人たちの陰に隠れて、代理人を迎えた。
兄様は真正面で待ち構えている。
「お手間を取らせて申し訳ない」
わざわざ来ていただいたことに労いの言葉をかけている。
通常であれば、貴族の当主の方が目上。
労いなど不要。
それ以前に、出迎えることだってない。
立場が弱くなっている。
そして、それは自分のせい。
自分を責め続けるフランソワだった。
「挨拶は不要。それより、フランソワ・ド・ミヌミエーラ様はどちらかな?」
私?
体に震えが走る。
「っ! 妹に、なにか?」
「ご当家の今後に関わる。おられぬとなると国務大臣からの言葉を伝えられん」
家の今後に関わるってなに?
コワイ。
コワイけど逃げられない。
「こ、ここに!」
使用人の壁から抜け出して、姿勢を正した。
なにを言われるのかわからないが、子爵家の娘として、恥ずかしくない態度を示さなければならない。
「では、『貴族院』の決定をお伝えする」
フランソワを一瞥し、使者が話し始めた。
「ひとつ、ミヌミエーラ子爵家は国家に対する背任罪により男爵に降爵とする」
音のない溜め息が周囲に広がった。
降爵されたとの無念と降爵で済んだという安堵だ。
廃爵の可能性もあったから、最悪ではない。
「それに伴い、当事者たる長兄と補佐役の次男は爵位を剥奪。平民とする」
これも最悪ではない。
公開処刑でないのは温情と言える。
「また、所領のうち南側半分を没収する」
子爵から男爵になるのだ。
そりゃ、そうなる。
「ひとつ、没収した領地は新たに叙爵される準男爵領となる」
誰かは知らないが、新たに貴族になる者がいるらしい。
「この準男爵はカロスターク・カル・レッドルアである」
「え?」
フランソワの形のよい唇から、思わず声が漏れた。
周囲の視線が突き刺さるが、気にしている余裕なんてない。
予想外の名前だったのだ。
「この人物はご当家の令嬢、フランソワ・ド・ミヌミエーラの婚約者であり後見人に相応しいと判断された。廃爵でなく降爵であるのは、このためである」
「っ?!」
家の今後に関わるとは、そういう意味か。
「ひとつ、支払い義務を果たしていない『西の要塞修繕費用』は王家が貸与する」
「っ?!」
借金になるのか。
新当主が顔を青ざめさせた。
通常の領地運営でも不安があるのに、領地は半減で借金まみれでは手も足も出ないのだ。
「返済はレッドルア準男爵に一任され、当然にミヌミエーラ男爵領の管理権は返済終了まで準男爵に預けることとする」
「ぁ」
新当主が気の抜けた声を上げ、立ち尽くす。
借金返済の労から解放された。
そんなところだろう。
「最後に、レッドルア準男爵は午後にでも当地を訪れる。領地に関する書類を用意して待つがいいだろう」
その言葉を最後に、使者は呆気なく帰って行った。
もてなそうとしたミヌミエ―ラ男爵家の人々に、相手が違うだろうと言って。
確かに、その通りだ。
「メイド長!」
「は、はい!」
新当主に呼ばれ、長年勤めているメイド長が転がるように飛び出す。
「フランソワを磨き上げろ! どんな男でも一目で夢中になるほどに!」
「お任せを!」
開戦を宣言するかのような新当主の命令。
受けるメイド長も決死の覚悟を決めたかのような顔だ。
そして、フランソワは自室に半ば連行されたのだった。
(逃げられない。どこにも、もう)
フランソワは、鏡の中の自分を見つめながら、 心の中でそっと呟いた。
――これは、牢獄だ。
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