第6話 蜜があれば花はいらず。竹は地を這わず ~後編~
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カロスタークが教会へと向かっているころ。
開通式の会場ではミヌミエーラ子爵が熱弁をふるって貴族たちを自分の味方へ引き込もうとしていた。
何人かは、興味深そうに耳を傾けている。
「男爵様。わたくし、以前からお慕いしておりましたの」
兄から離れた場所では、フランソワが熱い吐息を一人の男性に当てていた。
「え? 貴女は『婚約』しておられるのではありませんか?」
社交界の鉄則、貴族同士の繋がりは常に最新のものを頭に入れていなくてはならない。
男爵と呼ばれた男性は、その鉄則を違えることなく実践していた。
記憶違いなんてない。
目の前の女性は確かに『婚約者』がいる。
「『卒業の婚約者』ですわ。正式な『婚約』ではありませんの」
「それは、確かにそうでしょうが、『婚約』していることもまた事実でしょう?」
『卒業の婚約者』は『卒業時に婚約者がいない』というのを不名誉とする女性が、名誉を守るための保険のような婚約として知られている。正規のものと比べると、かなり緩い。
「破廉恥だとお思いなのね? でも、仕方がありませんでしたの。男爵様とお会いする機会がありませんでしたし、兄たちは私の『婚約』にあまり乗り気でないのですもの」
「その、お会いする機会のなかった私となぜ『婚約』をしたいと仰せなのでしょうか?」
「以前、どこかの家のパーティーでお見掛けして、素敵な方だと思っておりましたの。ですが、私はまだ幼かったですし、お相手になどしてもらえないと諦めていたのですわ」
男爵の胸板に、そっと肩を触れさせてしなだれかかるフランソワ。
「ですが、男爵様は未だ『婚約者』が居られぬと聞きました。ならば、領地が隣同士の間柄、わたくしたちの『婚約』引いては『結婚』には大きな価値があります。きっと、皆が祝福してくださるはずですわ」
フランソワが、上目づかいで相手の目を見つめる。
潤んだ瞳、ほんのり染まった頬。
殿方なら誰しも鼓動を速めて好意を持つ、そう信じる勝負の顔だ。
「どこかのパーティー・・・なるほど」
男爵——モンモラシー男爵——は寂しそうに微笑んで、身を離した。
「わたしはパーティにはほとんど出たことがないのですよ。祖父の借金のおかげでね。無心されるのではないかと警戒されて招待されたことがありませんし、他家の方を招待したこともありません」
「っ?!」
フランソワが目を剥いて、視線を逸らした。
致命的なミスだ。
「き、きっと、夢でお会いしたのですわ。そう。これは運命なのですわ」
「運命、ですか」
モンモラシー男爵の声が明らかに低くなった。
ドスを利かせたというわけではないだろう。
無意識だ。
「ひっ!」
それでも、フランソワが震え上がるくらいには迫力があった。
「うちの妹が、その『運命』とか『真実』で失敗したばかりでしてね。その手の言葉は『嫌い』になってしまいました」
不確実でありながら、人の行動を左右してしまう言葉。
曖昧で、移ろい易い。
信じるに足らない言葉。
「そういえば、あなたの『婚約者』もカロスターク様ではありませんでしたか?」
ギラリ!
温厚なだけの穏やかな青年が一転、抜け目のない『貴族』の顔へと変貌した。
「ひぃっ!」
冷徹な視線に射すくめられ、フランソワは悲鳴を上げて倒れた。
ウェストを限界以上に締め付けているところに、本気の『威圧』を受けている。
気を失ってしまったらしい。
「・・・困りましたね」
そっと抱き留めて、モンモラシー男爵はオロオロした。
義理の弟となる方の『婚約者』に触れているという事実を、少々後ろめたく感じている。
「セザールも連れてくるべきだったか?」
ふと呟いて、直後。
全力で首を振った。
『婚約者』同士の修羅場なんて、遭遇したくはない。
まして、一方が妹だなんて嫌だった。
絶対に!
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