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商人の男と貴族の女ーー婚約破棄から始まる成り上がり――  作者: 葉月奈津・男
【セザール】編 ~柱が折れたら屋根は落ちる~

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第2話:価値の終わり

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「……カロスターク様」


 宿舎の部屋に戻ったオレは、ベッドに腰を下ろしたまま動けなかった。

 トマが心配そうに声をかけてくる。

 実家から連れてきた丁稚。

 いずれは従者になるはずだった年上の若者だ。


 だが、返事はできなかった。

 声を出す気力すら、残っていない。


 婚約破棄――それ自体は、まだいい。

 高嶺の花だった。

 釣り合わないのは、最初からわかっていた。


 でも、あの場所で?

 全校生徒が見ている前で?

 あんなふうに、笑いながら?


「……すまない。少し、一人にしてくれ」


 トマが静かに部屋を出ていく。

 オレは、ベッドの上で拳を握りしめた。


 どうして、あんな仕打ちを受けなければならなかった?

 二年間、必死に努力してきた。

 彼女にふさわしい男になろうと、必死だった。


 花の意味を覚えた。

 お菓子の名前も、果物の産地も。

 礼儀作法も、服の合わせ方も。

 全部、彼女の隣に立つためだった。


 それを――あの瞳は、無価値だと切り捨てた。

 気づいていなかったわけじゃない。

 本人がそう言った。

 なのに——


 蔑みですらない。

 ただ、透明なガラスのように冷たい目だった。


 オレという存在を、最初から“いなかったこと”にするような目。


 涙は出なかった。

 代わりに、熱いものがこみ上げてきた。


「……貴族様が、なんだよ」


 ベッドから立ち上がる。

 足元がふらつく。

 でも、止まっていられない。


 このままじゃ、オレは壊れる。

 明日、学院中の笑い者になる。

 でも、逃げたら終わりだ。


 王立学院を辞めたって、どこへ行っても噂はついて回る。

『舞踏会で婚約破棄されたマヌケ野郎』として。


 だったら――


「ケジメは、つけさせてもらう」


 その瞬間、オレの中で何かが決まった。

 もう、後戻りはできない。


 方法は――ある。


 実家は商家。

 豪商じゃないが、王都で名が知られ始めた中堅どころ。

 オレはその三男、妾の子として生まれた。


 父は、貴族の後ろ盾を得るためにオレを育て、売り込んだ。

 相手は、借金に喘ぐモンモラシー男爵家。


 利害が一致し、十二歳でセザールとの婚約が決まった。


 釣り合わない相手に、必死で並ぼうとした二年間。

 その結果が――あれだ。


 確かに、オレは“売り物”だった。

 そして今、返品された。


 価値なんて、もうない。

 ……そう思われている。


 でも――


「商人の子せがれにだって、意地はあるんだ!」



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