第1話:婚約破棄の夜
今夜から21時に投稿していきます。
5話ずつです。
「カロスターク・レッドルア!」
凜とした声に呼ばれ、振り返る。
そこに立っていたのは、待ちわびた姿――セザール・フォン・モンモラシー男爵令嬢。
勝気な瞳と麗しい容貌。
低位貴族の三女でありながら、王立学院随一の美貌を誇る令嬢だ。
露出を抑えつつも魅せるところは魅せる夜会服に身を包み、舞踏会の会場を真っ直ぐ突き抜けてこちらへ歩み寄る。
その一歩ごとに、周囲が光に満ちるようだった。
学生たちは慌てて道を開ける。
凡庸な自分なら本来、彼らと同じように身を引くべきなのだろう。
だが――オレは動かなかった。
緊張を抱えながらも、彼女の婚約者として恥をかかせるわけにはいかない。
学院中の視線が注がれる中、完璧な礼儀作法を胸に刻み、彼女を迎える。
今夜は集大成。
積み上げた努力を示す場だ。
絶対にしくじれない。
彼女の隣に立つために、貴族の礼儀も、舞踏のステップも、血の滲むような努力で身につけた。
そのすべてを、この一瞬に込める。
最大限の愛情を込めて微笑み、会釈し、手を差し伸べる。
――その瞬間。
パシッ!
伸ばした手を、彼女は払った。
「あなたとの婚約、破棄させていただきます!」
澄んだ声が脳を突き抜ける。
理解が追いつかないまま、オレは微笑を貼り付けた顔で立ち尽くした。
「え……?」
何を言われた? オレは? 頭が真っ白になる。
「もう貴方とは終わりよ。親の決めた婚約だったから諦めていたけれど……私にも王子様が現れたの」
その言葉と同時に、彼女の隣に立つ影。
白の夜会服、金糸のショール――学院きっての秀才。
シャルル・フォン・オルトレオーネ。
冷淡な声で告げられる。
「こんな素敵な女性が、君と婚約しているなんて我慢ならなかったのだ」
前から目をつけていたとの告白だ。
セザールは、確かに目を引く女性だ。
わからなくはない。
だが、婚約者のいる女性に直接声をかけた?
そんな不作法が許されるのか?
貴族同士の婚約なんて、親の都合で決まるのが常識。
そのはずだ――なのに、なぜ?
セザールは潤んだ瞳で彼を見上げている。
オレには一度も見せたことのない甘い顔をしていた。
「あなたの努力、気づいていたわ。でも……私には退屈だったの」
その一言が、胸を貫いた。
「ああ。手間は取らせない。『貴族院』での手続きは俺とセザールでやっておくよ」
「二人の初めての共同作業になるわね!」
「門出だ」
「楽しみ!」
弾む声。
跳ねる仕草。
拍手まで。
その全てが、オレを切り捨てるための祝祭だった。
──物語ではよく見る光景。
婚約破棄。
だが、まさか自分がその役を担うとは思わなかった。
去りゆく背中。
残されたオレは、マヌケな微笑を浮かべ、手を差し出したまま。
五分前までの婚約者が、返事も待たずに去っていく。
悪夢よりも残酷な現実。
振り返った彼女の瞳が告げていた。
──お前など、もう要らないのだ。
オレ――カロスターク・レッドルアは、婚約を破棄された。
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