第15話 柱が折れたら屋根は落ちる ~中編~
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反論しようとするセザールの頬がまた打たれた。
「そんなわけないのだよ。お前にも『契約書』の写しは渡されているはずだ」
兄はそう言って、封書から一枚の書類を取り出した。
『契約書』の原本だ。
そこには、確かに兄が言った通りのことが専用用語で書かれている。
セザールも見た覚えがあった。
寄宿舎の自分の部屋、机かどこかにしまってあるはずのものだ。
そう言えば、最後に見たのはいつだっただろうか?
考えるが、思い出せないほど遠い過去のことだと当たりを付けることしかできなかった。
「だけど、母は質に取られずに済んだ。寸前で商人たちを宥めてくれた人がいたからだ。誰だかわかるか?」
「・・・・・・」
セザールは首を横に振った。
わかるわけがない、そんな顔で。
「カロスターク様だよ」
「え? あい——カロスタークに、そんなお金あったの?」
「彼は『婚約』した二年前から、お前のために金を貯めていたそうだ。
結婚式の日、父親が出すだろう借金返済資金を少しでも減らそうとしてな。
銀行を介した投資で増やしていたらしい。その金を担保にかなりの額を借り入れ、それで商人たちを止めてくれたんだよ。
なぁ? お前、金は返すとか言ったが、貯金いくらだ?
『結婚』に向けて少しでも貯めようとしたことがあるのか?」
「え? あ——」
貯金などほとんどないセザールは俯くことしかできなかった。
「とにかく、借金返済の猶予はなくなった。『婚約破棄』をしたからにはレッドルア家が金を用立ててくれる可能性は低い。我がモンモラシー男爵家は廃爵を覚悟しなければならない状態に置かれたわけだが——」
「そ、そんな——」
セザールの全身がガタガタと震えはじめた。
両腕で自分自身を抱きしめて、止めようとするが止まらない。
「この危機を救ってくれたのもカロスターク様だ。債権者たちを説得して、男爵家を存続させ、返済ができるよう道筋をつけてくださったのだ。そんなお優しい方に、お前ときたら!」
「こ、『婚約破棄』は仕方なかったわ。私、シャルル様をお慕いして——」
パンッ!
これまでで一番激しい平手打ちが、真っ赤に腫れた頬を打つ。
「ひぎゃ!」
たまらず、セザールは悲鳴を上げた。
「それが、貴族令嬢の言葉か?!」
恋愛結婚なんてものがない貴族社会で、慕うとか。
「慕う相手がいるというのはまだいい。俺にも覚えはある。男爵家の嫡男としての義務感できっぱり諦めたけどな。問題は『婚約破棄』の方法だ! なぜ、よりにもよって舞踏会の会場だったのだ?! その二日前にも、カロスターク様とここで茶会を開いていたそうじゃないか。せめて、そこで告げておけば、こんな大事にはなっていない。お優しいカロスターク様のことだから、同じ提案をしてくれていただろう。それなのに、全校生徒の前で貶めたんだ。お前は!」
「そ、それはっ!」
違う。
貶めるなんて考えてなかった。
お茶会で言わなかったのは言えなかったから。
勇気が出なかったからだ。
舞踏会でだったのは衝動だ。
シャルル様と踊りたい!
それだけだ。
カロスタークのことは頭になかった。
そのあとで冷たくしてしまったのは縋られるのが怖かったからだ。
婚約破棄したことを恨まれているかもしれない。
怒鳴られるかもしれない。
お詫びをする必要があることはわかっていたが、シャルルとの時間が幸せ過ぎて後回しにしてしまっていた。
「済んだことはもういい。どうせ取り返しはつかないからな。それよりも今後だ。卒業まで一年あるが、カロスターク様をこれ以上苦しめることは許さない。あの方に見捨てられれば、我が家は破滅する。いいな?!」
「は、破滅って、なに? どうして?」
「借金返済の資金を作るために、モンモラシー男爵家の領地管理権をカロスターク様に委譲した。実質、我が家はレッドルア家——カロスターク様の傘下に入っているということだ」
「・・・そ、んな・・・」
それは貴族家にとって死んだも同然の状態だった。
貴族の名誉を金で売ったようなものだから。
「父さんと母さんは領地でカロスターク様の代官として働くことになった。俺はここでカロスターク様の補佐をする。領地と王都を行き来して、カロスターク様の考えを確実に反映するためだ。父さんではなく俺なのは、領地との往復が父さんにはつらいだろうからだ。体力的にな」
「そ、そう、なの」
「最後に、母さんからお前への伝言だ。『お前の婚約者にカロスターク様を選んだことは正しかった。だけど、娘の育て方を間違えてしまった。ごめんなさい』・・・学院に戻って反省しろ。この家にはもう、お前の部屋はない」
「わかり・・・まし・・・た」
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