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商人の男と貴族の女ーー婚約破棄から始まる成り上がり――  作者: 葉月奈津・男
【セザール】編 ~柱が折れたら屋根は落ちる~

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第16話 オルトレオーネ子爵家2

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 強制的に学院から連れ出されたシャルル。

 連れ去られた先は慣れ親しんだ母との家ではなく、第一夫人の家。

 つまりはオルトレオーネ子爵家の本宅だった。


 「よくも、オルトレオーネ子爵家に恥をかかせてくれたわね」

 「も、申し訳ありません。奥様!」


 放り込まれた部屋で呆然としていると、隣室から声がした。

 どちらも女性の声。

 そして、一方はたぶん母だ。


 母が『奥様』と呼ぶ相手が誰かなんて考える必要はない。

 一人しかいないのだ。

 オルトレオーネ子爵の本妻様ただ一人だけ。

 

 「昨夜も夜会の場で侯爵夫人に『お宅の三男は元気ね』と笑われたのですよ! 意味が解りますか? 品位がない、誇りもない、動物並みに元気。そういう意味です。恥ずかしくて何も言えませんでしたよ!」

 「動物だなんてっ、それはひどすぎます!」

 「どこがですか! その通りでしょう! 婚約者のいる女性に声をかけ、自分のものにする。獣のやりようです!」

 「そ、それは! 息子もだまされていたのです! 『婚約』は破綻していると!」


 息子。

 自分のことだ。

 シャルルは息を顰めてうずくまった。


 「執事長、この浅はかな女に教えてあげなさい。不出来な息子が、あろうことか全生徒の前で何を言ったのか」

 「はい。シャルル様はセザール嬢が『婚約破棄』をしたあとで、カロスターク様にこう申したとの証言を複数得ました。曰く、『こんな素敵な女性が、君と婚約しているなんて我慢ならなくてね。声をかけたのだ。聞けば親同士が決めた婚約で、彼女の本意ではないというではないか。悪いが、引いてくれたまえ』と発言していたと」

 「っ?!」

 

 「どうですか? 誰が聞いても、『婚約』がいまだ継続している女性に自分から声をかけた、そう言っていると思うのだけど?」

 「それはっ! で、ですが、破綻——」

 「破綻していたかどうかは『貴族院』が裁定することです。まずそのことを訴えて申請し、正当な手続きを経たのち、『婚約破棄』、『婚約宣言』と続くべきところ、申請と手続きを経ずに公表したことが問題なのです」

 「・・・・・・」

 「反論は?」

 「——ございません」


 第一夫人の言っていることは正論だ。

 貴族社会の根幹を担う制度の一つである。

 シャルルとセザールは、それを軽視して無視した。

 貴族たちにはそう見られても仕方がない。


 「今回の件。主人もお怒りです。職場にも噂が流れ、肩身が狭いとか。家の面子を守り、支えるべき夫人が、当主である旦那様の体面を汚したのですよ? 恥を知りなさい!」

 「申し訳ございません!」

 

「息子たちと娘からも、どうなっているのかと非難の声が届いています」

 「申し訳ございません!」

 

「息子たちの妻たち、娘の嫁ぎ先からもです。そのようなことをする家の者と姻戚関係でいてよいものかと思案している、とまで言われてしまっているのですよ!」

 「申し訳ございません!」


 もう、母は『申し訳ございません』としか言わなかった。

 いや、言えなかった。


 「あなたたち親子には貴族としての再教育が必要と判断しました。私の実家で、下働きからやり直しなさい」

 「わ、私だけでなく、両親もですか?!」

 

え?

 両親?

 おじい様とおばぁ様?!

 シャルルは腰が抜けそうなほど驚いた。

 親子とは自分と母のことだと思っていたのだ。


 「当然です。どこまで遡るべきかわかりませんが、墓の下にいるモノを掘り起こすわけにもいきません。生きている者だけでも再教育しないと示しが付きません」

 「・・・・わかりました」

 

「また、あなたたちの町の管理権は、慰謝料としてカロスターク殿へと預けることになりますからそのつもりでいなさい」

 「管理権を——? 両親から領主の地位を奪うというのですか?!」

 「奪うとは聞き捨てなりませんね。あの町もオルトレオーネ子爵家のものです。先々代があなたの家に預けただけ。返していただくのに誰憚ることがありましょうか?」

 「ぁ、ああ。そんなっ!」

 町を預かっているという誇りだけが生き甲斐のおじいさま、その老いた顔を思い出す。

 

きっと、生きているうちに返り咲くことはないだろう。

俺のせいだ。

 自分を責めるが、もはや遅い。


 「そして、大元のシャルルについてですが、世話を第二夫人に任せることにしました。彼女なら、あなたの息子の弛んだ精神を厳しく躾てくれるでしょう」


 目の前が暗くなるのを、シャルルは感じた。

 第二夫人は、子爵家への忠誠過多で知られている。

 もともとは騎士の家の娘で、子爵様が戦場で不覚をとった際に身を挺して庇ったとか。

 その傷が元で子供を産めなくなり家に居づらくなったのを、子爵が拾い上げたと言われている女性だった。

 子爵家に迷惑をかけるような存在に手心を加えるとは思えない。


 『躾』はきっと厳しいものになるだろう。



 その通りになった。


 「お、お願いです。許してください……」

 息も絶え絶えに、シャルルは床に崩れ落ちた。


 「いいえ。まだです」

 第二夫人は冷ややかに言い放つ。


 「あなたは、子爵家の名を汚した。その代償は、心と体に刻まねばならないのです」


 その日から、シャルルの“再教育”は本格的に始まった。


「あなたが“人としての感情”を持つ限り、また同じ過ちを繰り返すでしょう。 だから私は、それを削ぎ落とすのです」


 貴族としての礼儀作法、歴史、法、倫理。

 朝から晩まで続く講義と訓練。

 わずかな失敗にも容赦はなく、罰が与えられた。


 夜には、第二夫人の厳しい“矯正”が待っていた。

 それは、シャルルの心を削り、感情を鈍らせていく。


 やがて彼は、女性の笑顔を見ても、何も感じなくなっていた。



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