第14話 柱が折れたら屋根は落ちる ~中編~
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「お前ってやつは、なんてことをしてくれたんだ!」
叩きつけられる怒声。
「な、なんで・・・なにが・・・」
訳が分からず、戸惑うばかりの妹の手を兄は掴み取ると、無理やりに応接室まで運んだ。
ソファへ投げ出すようにして座らせ、自分も対面に座る。
「お前は、自分の立場というものをわかっているのか?!」
怒りに震える声が再度問いかける。
「え? え? な、なに?」
動揺するだけで何も言えないセザール。
「——わかっていないようだな・・・はぁ」
深い溜息を吐いて、兄は自分を落ち着けるためしばし沈黙した。
「二年前のことは覚えているか? 祖父の借金で、家中が混乱していた。幼かったとはいえ、お前も11にはなっていたはず。覚えているだろう?」
「お、覚えているわよ」
当時、モンモラシー男爵家は先代の莫大な借金が発覚して、親族や縁戚の貴族をも巻き込んだ大騒動が起きていた。
殺気だった大人たちがひっきりなしに出入りし、時には怒号が飛び交うこともある。
そんな中、セザールは部屋に閉じこもって震えていたものだ。
「それを鎮めたのは? 誰だかわかるか?」
「あいつの父親でしょ? そ——」
パンッ!
「そんなことは知っている」、そう言おうとしたところで再び平手打ちが飛んだ。
「あいつとはなんだ! 言葉遣いも忘れたのか!」
貴族令嬢が使う言葉ではないし、大恩ある人物の息子さんだぞ!
兄の指摘は正しい。
学院ならまだしも——それも本当はダメで、級友たちからハブられた理由の一つでもある——学院外で口にすることは許されない。
「カロスタークのお父様でしょ。借金を肩代わりしてくれた。その代償で、私がカロスタークと婚約することになった。わかっているわよ。恩があることくらい、借りがあることくらい。だけど、所詮はお金じゃない。そんなもの返せばいいでしょ!」
セザールとて貴族令嬢、自分の身と引き換えで行われた『契約』の内容くらいわかっていた。
『婚約破棄』が貴族社会でどう見られるかも。
それを承知で行動に走ったのだ。
考えがなかったわけではない。
「一生かけても、倍にして返すわ。それでいいでしょ!」
一生というのがどういうことか曖昧ながら、ともかく借りは倍返しする。
それなら文句はないはず!
「っ・・・おまえ・・・」
ブルブル震える兄の顔が赤くなったり青くなったりを繰り返す。
握り込んだ両拳からは血が滲んでいた。
「お、お兄さま?」
拳から滴る血に気が付いたセザールが心配そうな声を出した。
大丈夫なのか、精神的にどうかしてしまったのだろうか。
不安になったのだ。
確かに精神的にどうかしているのは事実だから間違っていない。
ただ、原因が自分だと気付けない限り、思いは交わらない。
「——、私が執事からの『早馬』で報せを受けて転移地点から駆け付けたとき、この家がどんな状態だったか、わかるか?」
「は、早馬? え? 家がどんな? え?」
「家財道具がすべてなくなっていた。父と母は敷物すらない床に座り込んでいたよ。かろうじて服は着ていたけど、靴は一足もなくなっていて、聞けば母にまで質札が貼られるところだったそうだ」
「なんですって?!」
質札。
金の代わりに差し押さえた物品に貼る目印だ。
債権者の所有になっているから動かすな、そういう意味がある。
人間に貼られることは滅多にないが、あり得ないことでもない。
「あいつ! 『婚約破棄』の腹癒せにそんなひどいこ——」
パンッ!
「痛いっ!」
悲鳴が上がった。
何度も叩かれた頬が赤くなり、少し腫れてきていた。
「カロスターク様じゃない。我が家への債権者たちだ」
「債権者・・・まだ、借金があったってこと?」
「——ああ、そうか。お前、勘違いしていたな」
「どういうことよ!?」
疲れたように呟く兄に、妹は問うた。
「レッドルア家は我が家の借金を肩代わりしたわけじゃない。
商人仲間に頼み込んで、『猶予』を貰ってくれただけだ。もちろん、最終的にはレッドルア家が全額返済する約束にはなっていたよ。
お前とカロスターク様の結婚が滞りなく終わればな。
なのに、お前は『婚約破棄』をした。レッドルア家に何の相談もなくだ。
結果、その話を聞きつけた債権者たちは債権回収を焦って我が家に押し掛け、金に換えられるものは何もかも持ち去っていたんだよ!」
「え? うそ?! そんなのっ聞いてないっ!」
パンッ!
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