第4話 食料の出どころと行先 ①
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レッドルア軍約九万は国境を越え、帝国国内へと逆進を果たしている。
軍の総数が増えているのは、ヒルデガルド親衛隊と帝国兵站部隊も引き連れているからだ。
これらの兵は帝国との戦いでは使えないので戦力ではない。
しかし、直接的な戦闘以外では使えるので、実質的にレッドルア軍の戦力が増していることは確実だった。
「ここが、帝国東南端の州『リューイン』の穀倉地帯となります」
案内役を務めるネルケが、そう告げる。
カロスタークは今、その地を見下ろす丘に到着したところだった。
鎧はつけず、帯剣すらしていない。
戦装束でもないその風貌は、どう見ても行商人という出で立ちだ。
馬だけは立派な軍馬で、後ろには完全武装の騎士や兵士が続く。
場違い感が半端ないのだが、本人は全く気にしていなかった。
動きやすいのが一番と信じて疑っていないのだ。
「ひどいな」
カロスタークはそう呟いて首を振った。
「進みます」
一言告げたネルケを先頭に、再び行軍を開始する。
左右の光景を観察しながら進んだ。
小麦畑は全て刈り取られていて、穂を実らせていた面影はない。
隣接している野菜畑らしきものがあるが、こちらは空だ。
黒い土だけが広がっている。
本来黒い土というのは豊な土壌であることを示すものだ。
肥沃さの表れである。
だというのに野菜の一欠けらも見当たらない。
小麦畑にしてもきれいすぎた。
落ち穂が全くない、藁一本すら見られない。
穀倉地帯と言うからには、本来豊かな土地なのであろうに畑は空っぽだ。
その畑を掘り返している農民がいる。
見える農民たちは瘦せこけ、目は落ち窪んでいる。
こちらに気が付いたらしい様子はあるのに、動く様子がない。
もはや、生きることを諦めているように見えた。
物悲しくなって視線を逸らす。
それで見えてしまった。
カロスタークは、死体に気が付かないわけにはいかなかった。
小麦畑へと向かおうという途中で倒れたものらしい。
服装からして農民だ。
カカシなどではなく、紛れもない死体。
だというのに、カラスすらいない。
ついばむ肉がないのだ。
ブンブン飛び回る蠅が、ときおり渦を巻いて立ち上っている。
「愚かすぎる」
こんな状態にして、本気で戦争に勝つ気があったのだろうか?
状況は明白だ。
帝国軍は敵国へ進行する前に自国で挑発という名の略奪を働いたのに違いない。
畑が空なのは、時期に関わらず作物を全て徴収したからだ。
農民が痩せこけ、生きる意思を失くしているのは全てを奪われたからだろう。
カロスタークには信じがたい暴挙である。
敵国と本国中央との間の土地がこれでは、ほんのわずかな戦況の変化で反乱を誘発しかねない。
そうなれば、遠征軍は敵国内で孤立。
各個撃破の餌食になるほかないというのに。
「これはその、我らが進軍中に——」
「収奪しすぎたのだろう?」
見ればわかる。
カロスタークの口調は淡泊だ。
後ろに控えるセザールが、小さく身じろぎした。
感情の起伏が感じられない時こそ、カロスタークの感情が荒れているときだと知っているからだ。
危険な兆候である。
「荷物を下ろすとしよう」
しばらく進んだところで、カロスタークは馬を止めてそう呟いた。
「え?」
なんの話かと、先を進んでいたネルケが振り返る。
周囲の者たちも何事かと顔を見合わせた。
「収奪されたすべての農村に対して、荷馬車を送れ。最低でも向こうひと月は飢えないで済むだけの食糧を配るのだ」
こういった辺境の農村であれば、各村の人口は多くても数百人。
全軍併せて25万にもなる大軍を数か月支えるだけの物資があれば、十分可能なはずだった。
現状、レッドルア軍は10万に足りない。
抱えている兵に対して、物資の量が多いのだ。
分配は可能。
元より、この辺りから奪った食料も入っているのだから当然である。
「運ぶのは帝国兵站部隊に任せよう。当然だが、王国軍も同道する。王国軍は誰にでもわかるよう王国の旗を掲げ、王国からの慈愛だと喧伝するように」
「『人心安定策』いえ、ここは『宣撫工作』と言うべきですか」
小さくため息をついて、ネルケがカロスタークを見上げた。
その顔に、敬愛の色が滲んだ。
これらの行動・施策は占領地の治安維持や統治の安定化を目的とする。
住民の生活環境の改善や、経済的支援を行うというものだ。
占領地での反発を抑え、協力を得るために重要な役割を果たすことになる。
誰もが知る策はであるが、実際に行う軍は少ない。
むしろ皆無といった方が近いだろう。
『民衆へ媚びれば舐められる』。
そんな発想をする者ばかりだというのに、カロスタークは気負う様子もなく自然にやろうとしている。
その事実に、感動を覚えていた。
比較対象が、『あの』ヒルデガルドなのだ。
感慨もひとしおである。




