第3話 蝙蝠の選択は友人を二人得るか、敵を二人作るかである ③
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——帝国侵攻後、しばらくして——
「カロスターク・カロ・レッドルア伯爵の使いの者でございます。帝国軍の侵略に伴う防衛戦のため、食料の挑発にご協力いただきたい。むろん、徴発費用はレッドルア伯家で出しますし、金額は相場通りか高めを予定しております」
帝国の侵攻が現実のものとなったことを知って時を置かず、そのような要請が来た。
「さようか」
グリトリアン子爵は視線をさ迷わせて、そう返すのがやっとだった。
領内とその周辺には、もはや供出する余裕などない。
これ以上出せば、餓死者が出るか来年の作付けにとってある種を食べるかという状態になる。
協力のしようがない。
「話は分かった。だが、現状において我が領地には余裕がない。要請には応じられん」
「なんと申されます? そのようなことあるはずがありますまい。レッドルア伯爵は商人の出です。各地の収量も作柄も熟知しておられる。失礼ながら、この地から得られる供出量も概算で出したうえで作戦を立案しておられるのですぞ?」
例年の収量と、今年の農作環境から収穫量を計算。
そこから消費量を引いた数が供出可能数だ。
難しい計算ではない。
商人の情報網を利用できるレッドルア伯爵に災害などの理由で収穫量が減った、などと言う嘘は通用しない。
あるはずだと、使者は具体的な数字まで出して見せた。
「う、うぬぅ・・・」
その正確さに子爵は唸る他なかった。
「使者殿」
見かねて口を出すのはもちろんリュッゼだ。
「兄上が申しているのは事実。出し渋っているわけではございません」
「ほう。レッドルア伯爵が間違えていると?」
「いいえ。収量などの計算は正鵠を射ています。ですが・・・それらの大部分は既に金に換えてしまっているのです。領内各地の開墾などに使う予算の足しにしようと売ってしまったのです」
「な!? 余剰はないのですか?」
そんなバカなと使者が繰り返すが、リュッゼは哀しげに首を振った。
「少しでも予算が欲しくて、飢えないで済むギリギリまで領民から搾り取りましたので。もはや、一抱えの食糧をお渡ししただけで冬には餓死者が出るだろうと覚悟せねばなりません」
虚実織り交ぜての言い訳を紡ぐ。
「そこまで?!」
「お疑いならば、領内のどこを探していただいても構いません。存分に見分なさってください」
嘘ではない。
事実、なにもないのだから。
いや、実際はあるのかもしれないが、所有は商人にあり領主と言えど無理やり奪えるわけではない。
事実上『ない』のは事実だ。
「い、いや。そこまで疑っているわけではない。そ、そうか。売ってしまった後なのか」
「はい。売ってしまった後なのでございます」
深々と頭を下げるリュッゼ。
使者も、気圧されたように身を縮こませて頭を下げた。
「事情は理解いたしました。帰って伯爵に伝えましょう」
そう言って、使者はとんぼ返りで戻って行った。
「王国が勝ったなら、王からの叱責は免れないな」
使者の背をヴァルコニーから見送り、子爵は息を吐いた。
「勝ったなら、です。それに、負ければ御家取潰しもありえること。命すら危うい。ならば、帝国と手を結んだことは間違いではありません」
王国は叱責しては来ても、これぐらいで廃爵を言ってはこない。
戦争が実際に本格化すれば、各領主が率いる貴族軍や『お抱えの騎士団』が重要な役回りになる。
そういう状況下で、貴族家の離反が続けば国は滅びる。
安易に廃爵などできる余裕は王国にはないのだ。
「さて。私はどちらに付けばいいのかな」
決めかねる、と子爵は物憂げに空を見上げるのだった。
空は血のように赤く、どこか沈んでいるように見えている。
◇
——使者の来訪から十日後——
グリトリアン子爵家に宰相府の役人が訪れた。
お叱りがあるものと子爵は低姿勢で臨んだが、宰相から届いたのは『要請』であった。
「要請、だと?」
渡された親書に目を落として、子爵は途方に暮れたような声を出した。
まったく予想していなかった反応なのだ。
「食料を売ってしまったとの話は聞き及んでいる。だが、それならば資金は潤沢にあるだろう? それを供出してほしい。いや。なにも、取り上げるというわけではない。貸していただければそれでいいのだ」
役人はそう言って、金額だけが空欄の借用書を出して見せた。
なんだ、それは?
想定外の事態に、子爵の目が泳ぐ。
そして、頼りになる妹の姿を得て止まった。
「売ったというのが本当かどうか、探りに来ておられるのでしょう」
そっと寄り添ったリュッゼが、役人には聞こえないように囁く。
売り渋っているわけではない。
全て売ってしまった後なのだと伝えた。
本当にそうなのかを確かめるため、資金の供出という名目で資金の量を確認に来たのだろうと。
そういうことか!
子爵の顔に理解が広がり、余裕が戻った。
帝国への貸はきっちりと作った。
食糧を売ってしまったというのも事実だ。
資金は宝物庫に積んである。
もとより、金欲しさで売ったのではないから、今今使おうというものでもない。
資金供出を渋る理由などなかった。
「承知した。戦時だというのに何の協力もできず忸怩たる思いでいた。金銭であれば、いくらでもお出ししよう」
王国への忠義は揺らいでおらぬ。
そう示すべく、子爵は役人を連れて宝物庫を開け、積まれていた金を全て供出して見せた。
「これほどとは! 子爵の御覚悟、宰相閣下にもお伝えいたそう」
「よしなに、お願いする」
グリトリアン子爵の綱渡りは、こうして続けられた。




