第9話 パンがないならケーキを食べればいい ④
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現在。
あれからすでに数回の収穫が行われている。
耕地は増え、収量も右肩上がりに増えている最中だ。
食べ方も確認できている。
小麦と7対3で混ぜ合わせて使えることがわかっていた。
わずかに独特の風味が付くのだが、むしろパンなどにする際は香ばしさが出て美味しいと評判だ。
パスタなどにする場合も、香草を使えば問題ない。
レッドルア伯爵領内では、流通する小麦とおおきびをブレンドしたものが普通に出回っている。
「なので、実を言うと小麦がかなり余っているんだ。価格暴落を誘発しかねないので伯爵家で買い取って備蓄に回していたのさ」
「それを使うと?」
「穀物倉庫が足りなくなりそうだったから助かるよ。これで、次の収穫までにかなりの数を空けることになる」
それも、三か月経たないうちに埋まるんだろうけれど。
「小麦とオオキビを5対5で使おうかな」
「小麦の量を減らして温存ですか?」
「オオキビは三か月で収穫できるし、耕作地も広くなっている。かなりの収量になるが、小麦はそうもいかないからな」
小麦が無くなってオオキビだけってのは勘弁してほしいから、5対5だ。
あとの問題は運搬ということになるが、こちらも『蛇足族』にかかれば容易いらしい。
『蛇足千里を走る』なんて言葉もあるほどだとか。
だから、食料がなくなる心配はしなくていいはずだ。
いいはずだが、一応担当者の下を尋ねてみた。
「…若い奴らを働かせてもらえているのはありがたいんだが――多すぎやしないかい?」
物資――食糧――の管理を任せている『管理栄養士』ミザーリが、苦い顔で報告をくれた。
「そんなに?」
『若い奴ら』がかなり頻繁に出入りしているのは知っていたが、それほどか?!
「食料保存用のテントが乱立しているね。運ぶのも大変だろうよ」
進軍するのに、置いていくという選択はありえない。
全部持っていく。
そうなると、物資の多さはありがたくもあり、困りものでもある。
「大丈夫―?」
そこへ、ミーランが下りてきた。
翼をゆっくりと揺らしながらカロスタークの横に降り立つ。
手には、なにか紙袋を抱えている。
「食べる―?」
何を食べているのかと覗き込むと、紙袋の中から数枚のクッキーを出して見せた。
「オオキビクッキーだよ。ミズーリが作ってくれた。あげるー」
手に持ったクッキーを数枚、カロスタークの口に詰め込んで、にかっと笑った。
「モグ……ああ。問題ない。多いのは何とかなる」
どうにもならないのは、食べるものがなくなった時だ。
「そお? 今来てるのは『手始めに』って少なめだけど、今向かってるのは『本格的に』ってすごい量になるよ?」
「……」
「……」
カロスタークとミザーリは思わず顔を見合わせた。
「いや、問題ない。食料が多くて困る軍隊ななんてあるはずない」
少し強めにカロスタークが言い切る。
ちょっと不安になったらしい。
ミザーリが人知れず首を振っていた。
で、自分のテントに戻ったカロスタークだったが――。
「……ん?」
幕舎の中に入る前、ふと鼻をくすぐる香ばしい匂いに気づいた。
甘くて、どこか焦げた砂糖のような香り。
焚き火の煙に混じって、ほんのりと漂ってくる。
「……まさか」
気になって、匂いのするほうへ足を向ける。
すると、炊事場の裏手、風よけの岩陰に小さな焚き火が組まれていた。
その上には、黒光りするダッチオーブン。
そして、その前にしゃがみ込んでいるのは――
「……セザール?」
「っ!? な、なんでここに……!」
セザールは慌てて立ち上がり、背中で何かを隠した。
だが、すでに甘い香りがすべてを物語っている。
「何してるの?」
「い、いや、別に……その、ちょっとした実験を……」
「実験?」
「……ミザーリが“焼き菓子は火加減が命”って言ってたから、試してみようかと。べ、別に、あなたのためとかじゃなくて、ただの試作だから!」
「ふーん」
カロスタークはにやりと笑った。
セザールの耳が、ほんのり赤くなっている。
「……で、試作品は?」
「……まだ、焼けてない」
「じゃあ、焼けたら呼んでよ。味見くらいはしてやるから」
「……っ、わかりました」
セザールはそっぽを向いたまま、小さく頷いた。
その背中が、どこか嬉しそうに揺れていたのは、気のせいではなかった。




