第10話 帝国軍司令第五皇女ヒルデガルド ①
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さて、その頃。
攻め手の帝国軍本隊は、未だ王国との国境にいた。
理由は、王国領への遠征に手を上げた者たちの参集が遅れたからである。
実のところ、王国との開戦は多くの帝国貴族にとって望んだ物ではなかった。
手を上げたのは参戦したかったからではなく、そうせよと遠回しに圧力がかかったからだ。
皇帝が溺愛する第五皇女ヒルデガルドの思い付きで開戦が決まった背景がある。
皇帝としてはうまく行けば重畳、失敗しても示威にはなるとの思いで許可を出していた。
王国をある程度蹂躙して、愛娘が満足して帰ってくればそれでよし。
そのための圧力だ。
あとは、開戦論者たちのガス抜きという側面もある。
とはいえ、大規模な侵攻作戦であることは変わらない。
帝国内から貴族や傭兵をかき集め、愛娘のために軍を整えた。
ただし、『帝国中』からであったため、集まるのに時間がかかってしまったのだ。
「遅い!」
ヒルデガルドは激昂していた。
進軍予定を五日も過ぎている。
予定では、本隊はもう王国の中核都市に駐留しているはずだったのに。
「直ちに軍を進めろ! 道は長いぞ!」
ようやくそろった麾下の全軍に向け、そう檄を飛ばして進軍を命じる。
帝国軍本隊10万が、ゆっくりと一歩を踏み出した。
最終目的地は、王都。
ヒルデガルドは本気でそう考えていた。
——のだが・・・。
「斥候からの報告が届きました。マルガリータは失敗したようです」
副官のネルケが、淡々と告げる。
屈強な半裸の兵士三名が形作る『人間椅子』に座す主に対し、副官は跪いていた。
ヒルデガルドが戦場でありながらドレス姿なのに対し、ネルケは胸元の実を覆うバンドゥトップとウエストシンチゃ―、ローライズという服装だ。
胸元から腰回り、ヒップは隠れているが、他は丸出しという格好になる。
ヒルデガルドの副官に任命されたとき、主人自ら見立てて下げ渡してきたものだ。
あまりのことに抗議したネルケだったが、右肩に紫の蜘蛛、左肩に真っ赤なバラのタトゥーを追加で貰い説得に応じた。
応じざるを得なかったことて、今の姿に落ち着いている。
地面に衝いた剥き出しの膝には、彼女のファミリーネームである『カルデーニア』の文字が黒と赤で彫られていた。
「失敗した・・・『ようです』?」
そんな部下を見下ろして、ヒルデガルドは眉を顰めた。
なんだ、その曖昧な報告は?!
ガシッ!
思わず動いた足が、ネルケの胸元を蹴り上げた。
無駄に厚い丸いものがひしゃげるのが見えて、少し溜飲が下がる。
「ぐッ・・・兵士が見当たらず。かわりに大量の人骨を発見したと」
「骨? 腐ったにしては早すぎるけど?」
つま先をさっきの丸いものに食い込ませていく。
この肉を少しは頭の中に回せないものかしら? そんな目で睨みながら。
「腐ったのではなく、燃えていたそうです。どうやら、町ごと焼き尽くされたらしいと」
「は? 町ごとって、正気?」
そんな報告をした斥候も、それを報告に来る目の前の牝牛もだ。
「町と言っても作りものだっただろうとのことです。外枠だけで中身がなかっただろうと。燃え方がそれを裏付けているとの報告です。燃やすために作られた町と、火事を防ぐのが当然の町では違いますから」
「『空城計』か。そんな大規模なことをするとは、やるわね」
『空城計』。
その言葉通り、空の城を用いて敵を罠に嵌める計略の総称だ。
もっとも有名なのは、とある山賊が古い砦に籠っていると聞いた貴族が全軍上げて討伐に行き、砦ごと燃やされた話だろう。
山賊たちは貴族が罠にはまって燃えている間に、貴族の拠点を攻め落としてそのまま貴族になったとか。
「にしても、マルガリータは使えないわね。貴女より見込みがあると思っていたけど、私も見る目がないわ」
天を仰いで首を振る。
「本性を隠すことにだけは有能だったのでしょう」
「ああ。そうね。で? 『ソレ』は死んだのかしら?」
どうでもいいけど。
そんな声音だ。
視線は自分の手の爪に注がれている。
「無事な野営が残っていたと言いますから、生きたまま燃やされてはいないかと思われます。流れ矢にでも当たって死んでいなければ、かわいがってもらえている頃かと」
「あらあら、ぜひ生き延びて可愛がってもらっていてほしいわね」
楽しそうに笑って、ヒルデガルドは形のよい足を前に蹴り出した。
ネルケの眼前で止まる。
「……」
ネルケは無言で頭を垂れた。
そして、静かにその足元に手を伸ばす。
絹の靴下を丁寧に脱がせると、両手で包み込むように持ち上げ、
その甲にそっと口づけを落とした。
それは、忠誠の証であり、
ヒルデガルドに仕える者としての“儀礼”でもあった。
彼女の足元に跪くこと。
それが、忠義を示す唯一の方法だった。
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