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商人の男と貴族の女ーー婚約破棄から始まる成り上がり――  作者: 葉月奈津・男
【戦場にて】編~麦を植える前には土を耕すもの~

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第7話 パンがないならケーキを食べればいい ②

2/5

 


「おお?」

 行商人を見送りに出たら、町の外に『蛇足族』の一隊が待ち構えていた。


 音もなく戦闘体制に移行するセザール騎士団、少しまごつきながらも迎え撃とうとする『蛇足族』。

 二つの種族が、一触即発の事態に突き進む。


「って、やめーい!」

「おやめ!」

 慌てて止めに入ったカロスタークの叫びと、落ち着き払った静止の声が重なる。

 そのおかげて双方、警戒しつつも戦闘態勢を解き、一触即発の事態は回避された。


「先生!」

 そこへ、今度は『蛇足族』が一体、駆けつけてきた。

 ライアンだ。


 涙をまき散らしながら、背の低いリザードマンに抱きついている。

 相手は高齢らしく、鱗の色がくすんでいた。


「ふん。鼻たれ小僧だと思っていたが、泣き虫になったようだね」

 抱きしめられたリザードマンが、鼻で笑って悪態をついた。

 でも、その声は慈愛に溢れていて、照れ隠しだということが誰の目にもはっきりとわかるものだった。


「なるほど、貴女が『先生』でしたか。カロスターク・カロ・レッドルア伯爵です。私は貴女を『管理栄養士』として雇い入れます。雇用条件などはあとから要相談ということで」

 カロスタークが握手を求めると、『先生』は目を眇めて見つめた。


「若い領主だね。だけど、若さに似合わず如才なさそうだ」

 とりあえず、合格したらしい。

『先生』はカロスタークの手を握り返した。


「ミザーリという。世話になるよ」

「よろしくお願いします」

 世話になるのは自分のほうだと言わんばかりの腰の低さで、カロスタークは頭を下げた。

 ミザーリはもちろん、その後ろに並ぶ『蛇足族』たちからも好ましげな眼が向けられる。

 なぜかライアンが胸を反らして自慢気だった。


「あと、若いのを70人ばかり連れてきてる。雇ってもらえるって聞いたんだが、どうなんだい?」

「採用です。工事人足でよければ、ですが」

「贅沢は言わないよ。いい若いのが、日がな一日遊んでるなんてよくないからね」

「助かります」

 こうして、セザール騎士団に『管理栄養士』が加わった。


 ついでに、『蛇足族』の若者も数人加わっている。

 こちらは戦闘職だ。

 戦いの技術には自信があるが、他はいまいちという者たちだ。

 元は傭兵だったそうで、セザールが『即戦力だ』と喜んでいた。


 ◇

「早急に打ち合わせを行いたい。今日の視察は任せていいか?」

「任せてください」

 セザールとミーランが、ぴたりと同時に名乗りを上げた。


 一瞬の沈黙。

 カロスタークが目を瞬かせる。


「……では、二人とも頼むよ」


 そう言った瞬間、セザールがミーランをちらりと見た。

 その視線は、柔らかくも鋭い。

 まるで“試すような”光を宿していた。


「足手まといにならなければいいけど」


「ご心配なく。飛べる分、足より速いですから」


 ミーランは微笑みながらも、翼をふわりと広げてみせた。

 その仕草は、どこか誇らしげで、挑発的ですらある。


「……!」


「……!」


 二人の間に、見えない火線が走った。

 ライアンが空に目を向けて、「こわっ」と呟いた。


 けれど、その声も二人の間に漂う緊張を和らげるには至らなかった。

 カロスタークは、苦笑いを浮かべながらも、内心で頭を抱えていた。


 ……視察、任せて大丈夫だろうか、と。

 だが、口には出さない。

 出せば、どちらかが“勝った”ことになるからだ。


「……頼んだよ。くれぐれも、仲良くな」


「もちろんです」

「ええ、仲良くしますとも」


 二人の声が重なった。

 だが、そこに“仲良し”の気配は、微塵もなかった。



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