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商人の男と貴族の女ーー婚約破棄から始まる成り上がり――  作者: 葉月奈津・男
【戦場にて】編~麦を植える前には土を耕すもの~

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第3話 麦を植える前には土を耕すもの ③

3/5

 


 ヘラヘラとした笑みを隠しもせず、茶髪の商人はカロスタークを見ていた。

 焦って縋りついてくるのを待っているのだ。

 そして、頭を下げさせたとしても結果は変わらず。

 何かしらの理由を——理由にもならない理由を——付けて売り渋るのだと思われた。


「ああ、そうだ」

 なにか、いいことを思い付いたって顔で笑みを深くする商人。


 なにを言い出す気だ?


 カロスタークは無言で続きを促した。

 警戒心はない。

 どうせ無理筋の要求に違いないからだ。

 あるのは興味のみである。


「私もいい年だ。嫁でも紹介していただけるなら、考えなくもないですよ?」

 下卑た視線が、セザールに向けられている。


「ッ!」

 セザールが射殺せそうな目で睨みつけた。

 当然だろう。


 カロスタークにしても、嫌悪感しかない。

 正妻扱いはできないが、セザールは正式な側室だ。

 それを寄こせという。


 明らかに女性をモノ扱いしている。

 常識的にも倫理的にも許されないことだ。


「言いたいことは、それだけか?」

 もとより予定されていた、決裂という結論へ至る。


「それだけです」

 クスクス笑いながら首肯された。

 向こうにとっても予想通りの展開ということ。

 やはり、売る気などないのだ。


 小麦を梃子にして、カロスタークに揺さぶりをかける。

 それだけが目的なのだろう。


 あとは挑発と侮蔑。

 伯爵を手玉に取って弄ぶのは、きっと彼にとって楽しいことなのだ。


「出て行くがいい」

 虫を避けるように、カロスタークは手を振った。


「今すぐ出て行き、二度と顔を見せるな。レッドルア伯爵家の領内に立ち入るようなことがあれば、身の安全は保障できない」

「モンモラシー男爵領もです。王国北西部では二度と商売ができないと思いなさい!」

 セザールも冷たく言い放っている。


「残念ですな。貴族令嬢の味を堪能できるかと思ったのですが。それに・・・王国は終わりかもしれませんな。食料がなくては戦いにもなりますまいに」

 言い捨てて、茶髪の商人は幕舎を出て行った。




「・・・これ、よかったの?」

 血の気が失せ顔を青褪めたさせたセザールが、小さな声で問うて来た。

 商人の最期のセリフで頭が冷えたようだ。


 補給路を断たれた軍隊ほど悲惨なものはない。

 それは、古今東西いろいろな戦史で語られていることだ。


「良いも悪いもないよ」

 どう転んでも、あの商人が小麦を売ってくれる可能性は0。

 交渉の余地もなく、それは決まっている。


「ヘタに可能性を追いかければ、彼の言葉に右往左往させられてかえって事態を悪化させる。きっぱりと切って棄てるのが賢明だ。というか、兵の目が無かったら、ここで暗殺したかったくらいだよ」

 取引に来た姿は兵たちも見ている。

 これを殺してしまっては、今後の外交や取引に深刻な影を残す。

 実行はできない。

 できないが、人知れず消す方法があったら間違いなく殺しているところだ。


「でも、だったら食料はどうするの?」

「それは——」

 腹案を語ろうとしたカロスタークだが、それは延期せざるを得なかった。

 セザール騎士団きっての斥候である女が、駆け込んできたのだ。


「商人が会いたいと言ってきている」と。



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